このエントリーは、テキサス州オースティンで開催されていた、全米最大の音楽/映画/インタラクティブサービスの祭典
2011年の3月11日夕方5時発ヒューストン行きの便に乗ろうと、成田空港に居た時に遭遇した
あの地震の事(※東北地方太平洋沖地震/東日本大震災)について、色々と書きました。
sxsw(サウスバイサウスウエスト)に、僕らがリリースしたばかりの新サービス『domo』をブース出展する為に
あの地震の事(※東北地方太平洋沖地震/東日本大震災)について、色々と書きました。
ちなみに、その時同じ便に乗るべく成田空港で待ち合わせていたうちの広報も
当日の事を既にブログにまとめてます。
出張メモ:3月11日から12日
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集合は成田空港第一ビル南ウイングチェックインカウンター前に15時
ちょうど集合時間直前に、旅行保険の手続きをAIUのカウンターでしている最中でした
用紙にサインしたあたりで、揺れが発生。
『かなりでかいな』と思いつつ、割と物事に動じないので身を屈めて振り返ってみると
僕以外には、その場にしゃがみこんで起き上がれない様子の外人三人組の姿だけ。
身の危険を感じて出口に向かって殺到する大勢の人達が見えました。
そんときの僕のツイートがこれ。
わりと冷静だった。
書きかけの旅行保険申込書をさらさら書いて、まだ動揺してるカウンターのお姉さんに渡したりして。
ただ、その後広報の康さんと合流した直後に
二度目のかなり大きい余震襲来。
用紙にサインしたあたりで、揺れが発生。
『かなりでかいな』と思いつつ、割と物事に動じないので身を屈めて振り返ってみると
僕以外には、その場にしゃがみこんで起き上がれない様子の外人三人組の姿だけ。
身の危険を感じて出口に向かって殺到する大勢の人達が見えました。
そんときの僕のツイートがこれ。
成田空港めっさ揺れたーヘ(゚◇、゚)ノ
空港、看板落ちたり外に人が走り始めて軽くパニック。
書きかけの旅行保険申込書をさらさら書いて、まだ動揺してるカウンターのお姉さんに渡したりして。
ただ、その後広報の康さんと合流した直後に
二度目のかなり大きい余震襲来。
空港内のデカいサインボードが近くで無茶苦茶揺れて、正直怖かった。
空港は、たぶん天井に溜まっていたホコリが全部落ちて来たのか
軽いもやが掛かっていた。異様な光景。
このあと、全員空港内の安全確認ができるまで一時避難と言われた
外は晴れてて、せいぜい2時間程度フライトが延びる程度かな?とかのんびり考えていた
twitterで、どんどん各地の状況が報告されてきた。
テレビもなく電話も通じない空港の外で唯一の情報入手経路だった
震源地は東北らしい。火事?津波?マグニチュード8以上?え?え?
結局2時間の遅延フライトどころか、空港の外に3時間居た。
やっと1階のロビーに入れた頃、外は暗くなっていた。
都内の交通機関はマヒ、twitter上で知り合いがみんな徒歩で帰っているらしい。
すぐに、その日のほぼ全ての便が欠航した事を知らされた
そして僕はここではじめて【孤立した成田空港でいつ飛ぶかわからない飛行機を待つ】
というハードな状況を把握した(遅せえよw)
テンパってたのか、国際線を国際センターとか誤字ツイートしてた。
しかしどうする。確実に今日飛行機が飛ばない。どこに泊まるの?あれ?やばくね?
後日デマだとわかったけど、『滑走路に亀裂が入ってる』なんて話しも出ていた。
最悪、空港のロビーで雑魚寝も覚悟した。ぼくはキャンプとかに馴れてるので
一晩くらいならハードな状況なんてどうってことない。
それよりも気にかけたのはうちの広報。女性にこの状況はきつい。
精神的にもつらいだろうし。
あと、あまりに足止め期間が長いと現地に先入りしてるスタッフに迷惑がかかる。
現地で配るノベルティは、まだ僕らの荷物の中にある。
最悪これだけでも郵送で飛ばせないか?とか色々リサーチしてた。
あと、TL上で有益な情報を見つけたらとにかく公式RTしてた。
ぼくのフォロワーは平均と比べて多い。
少しでも有益な情報を提供出来るハブになれればという一心だった。
とはいえ、僕らもへたすりゃ空港のロビーに雑魚寝か?という状況のさなか
この後、奇跡的な流れが一気にくる。
広報の康が、偶然twitter上で昔の同僚が成田空港にいるところを突き止めた。
しかも歩いて10分程度のレストハウスで普通にごはん食べれているらしい。
合流して、ハヤシライスをもの凄い勢いで食べ尽くした。
腹は膨らんだけど、泊まるところはどうすれば。。。。。
お?
おお?
もしや。。。。
僕『すみませんあのー、こちらのレストハウスって部屋の空きあります?』
フロント『はい、1部屋3人様用であれば』
僕『(!!)あ、あの、そこに4人で泊めて頂けないでしょうか?ご存知かと思うのですが飛行機が飛ばなくなって明日までフライトが延びて……』
フロント『少々お待ち下さい…(中に引っ込んで上司(?)と相談)お待たせ致しました。こんな事態ですので、特別にお請けさせて頂きます。1泊15,300円ですがよろしいですか?』
うおーーーーーーーー!やったーーー!
我ながらなんと機転の利いたアクション。まさかこの事態の最中、ホテルの部屋で寝れる状況にこぎ着けるとは
なんでお礼を述べてるかというと、ここに至るまで
何回も『誰か泊めてくれ』ツイート連発して、もの凄い量のRTとか
励ましの言葉を頂いていたからです。
無事、部屋にチェックインした直後
とにかく今なにが起きているのか知りたい一心で
なにげなくテレビのスイッチを入れました。
その瞬間、僕らの目に飛び込んで来たのは
東北の街が、見た事も無い迫力の津波にどんどん飲み込まれていく映像
まるでハリウッド映画のCGか何かかと見間違えるような
確実に、現実に、いま日本で起きている出来事を一瞬で理解しました。
空港から避難命令が出た直後、心配した親から電話があり
早々に家族全員の無事が確認出来て、
それ以降はとにかく渡米する事だけを考えていたのですが
ちょっと何とも言えない、気分になりました。
テレビはすぐ消しました。
会社からのメールを、やっと冷静にチェックする事ができました。
上司から、安否を確認するメールが届いていたのですが
その中にこんな一節がありました
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まずは無事でいる事が先決なので、無理をしないように
何かあれば情報収集など全面的に支援します。
ただ、こういったタイミングですので
振替便の手配による渡米を、予定通り行うかどうかは
各人の判断に任せます。
日本に残る家族や知人が気にかかってしまう事もあると思います
各人で判断し、最悪キャンセルも致し方ないと思います
そして、各人の判断を決して周りの他の人に押し付けないで下さい
もちろん、渡米するということであれば最大限支援します
(※実際のメールの内容を、要約してます)
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僕の答えは決まっている、渡米だ。それ以外に考えられない。
とにかく寝よう、明日早く起きて振替便の手配をするんだ
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これたぶん朝6時くらい。
余震もあって3時間くらいしか寝れなかった
空港内は、ロビーで夜を明かした1万人の人達で
埋め尽くされていた
みんな寝袋にくるまって、起きている人達も顔は疲れきっていて
僕らは、その中を縫うようにチェックインカウンターに向かった。
各自の連係プレーで、昼1時の便が取れた。
ヒューストンまでは飛べる。その先オースティンまでの便は確保できてないけど
どうにかなる、どうにかしてやる。
喫煙所で一服しながら、ふと思った。
本当に、いま僕はアメリカに行くべきなのかな?
僕が日本に残って、出来る事なんて限られているけど
本当に、今アメリカに行く事にどんな意味があるのだろう?
※これ、ツイートしてすぐに『やべー、ついなんか熱くなって、らしく無い事言っちゃったなー』ってちょっと後悔したんだけど、
もの凄い勢いでRTされたり応援メッセージが飛んで来たので、消すに消せなくなったんですw
地震発生から22時間後
本来のフライト予定時刻から、20時間後
僕らは、テキサス州オースティンに向けて出発しました。
この先の、現地での出来事はまた今度書きます。
空港は、たぶん天井に溜まっていたホコリが全部落ちて来たのか
軽いもやが掛かっていた。異様な光景。
このあと、全員空港内の安全確認ができるまで一時避難と言われた
twitterで、どんどん各地の状況が報告されてきた。
テレビもなく電話も通じない空港の外で唯一の情報入手経路だった
震源地は東北らしい。火事?津波?マグニチュード8以上?え?え?
結局2時間の遅延フライトどころか、空港の外に3時間居た。
やっと1階のロビーに入れた頃、外は暗くなっていた。
都内の交通機関はマヒ、twitter上で知り合いがみんな徒歩で帰っているらしい。
すぐに、その日のほぼ全ての便が欠航した事を知らされた
そして僕はここではじめて【孤立した成田空港でいつ飛ぶかわからない飛行機を待つ】
というハードな状況を把握した(遅せえよw)
テレビなどが見れる方へ。成田空港内、情報が掴めず困ってます。もし国際センターの運行状況など流れたらリプライで提供頂けると助かります。
テンパってたのか、国際線を国際センターとか誤字ツイートしてた。
しかしどうする。確実に今日飛行機が飛ばない。どこに泊まるの?あれ?やばくね?
後日デマだとわかったけど、『滑走路に亀裂が入ってる』なんて話しも出ていた。
成田周辺在住もしくは実家のある方へ。国内線は全便欠航、恐らく国際線も無料で足止めくらってます。うちの社員3名(男2.女1)泊めて頂けるとありがたいです……
最悪、空港のロビーで雑魚寝も覚悟した。ぼくはキャンプとかに馴れてるので
一晩くらいならハードな状況なんてどうってことない。
それよりも気にかけたのはうちの広報。女性にこの状況はきつい。
精神的にもつらいだろうし。
あと、あまりに足止め期間が長いと現地に先入りしてるスタッフに迷惑がかかる。
現地で配るノベルティは、まだ僕らの荷物の中にある。
最悪これだけでも郵送で飛ばせないか?とか色々リサーチしてた。
あと、TL上で有益な情報を見つけたらとにかく公式RTしてた。
ぼくのフォロワーは平均と比べて多い。
少しでも有益な情報を提供出来るハブになれればという一心だった。
とはいえ、僕らもへたすりゃ空港のロビーに雑魚寝か?という状況のさなか
この後、奇跡的な流れが一気にくる。
広報の康が、偶然twitter上で昔の同僚が成田空港にいるところを突き止めた。
しかも歩いて10分程度のレストハウスで普通にごはん食べれているらしい。
合流して、ハヤシライスをもの凄い勢いで食べ尽くした。
腹は膨らんだけど、泊まるところはどうすれば。。。。。
お?
おお?
もしや。。。。
僕『すみませんあのー、こちらのレストハウスって部屋の空きあります?』
フロント『はい、1部屋3人様用であれば』
僕『(!!)あ、あの、そこに4人で泊めて頂けないでしょうか?ご存知かと思うのですが飛行機が飛ばなくなって明日までフライトが延びて……』
フロント『少々お待ち下さい…(中に引っ込んで上司(?)と相談)お待たせ致しました。こんな事態ですので、特別にお請けさせて頂きます。1泊15,300円ですがよろしいですか?』
うおーーーーーーーー!やったーーー!
我ながらなんと機転の利いたアクション。まさかこの事態の最中、ホテルの部屋で寝れる状況にこぎ着けるとは
ご報告。空港そばのレストハウス3人部屋に、今日特別って措置で4人泊まれることになりました。ほんとにありがとうございます
何回も『誰か泊めてくれ』ツイート連発して、もの凄い量のRTとか
励ましの言葉を頂いていたからです。
無事、部屋にチェックインした直後
とにかく今なにが起きているのか知りたい一心で
なにげなくテレビのスイッチを入れました。
その瞬間、僕らの目に飛び込んで来たのは
東北の街が、見た事も無い迫力の津波にどんどん飲み込まれていく映像
まるでハリウッド映画のCGか何かかと見間違えるような
確実に、現実に、いま日本で起きている出来事を一瞬で理解しました。
空港から避難命令が出た直後、心配した親から電話があり
早々に家族全員の無事が確認出来て、
それ以降はとにかく渡米する事だけを考えていたのですが
ちょっと何とも言えない、気分になりました。
テレビはすぐ消しました。
会社からのメールを、やっと冷静にチェックする事ができました。
上司から、安否を確認するメールが届いていたのですが
その中にこんな一節がありました
----------------------------
まずは無事でいる事が先決なので、無理をしないように
何かあれば情報収集など全面的に支援します。
ただ、こういったタイミングですので
振替便の手配による渡米を、予定通り行うかどうかは
各人の判断に任せます。
日本に残る家族や知人が気にかかってしまう事もあると思います
各人で判断し、最悪キャンセルも致し方ないと思います
そして、各人の判断を決して周りの他の人に押し付けないで下さい
もちろん、渡米するということであれば最大限支援します
(※実際のメールの内容を、要約してます)
----------------------------
僕の答えは決まっている、渡米だ。それ以外に考えられない。
このメールの件を他の3人に伝え、意思確認した。
全員一致で、渡米するという結論に至った。
とにかく寝よう、明日早く起きて振替便の手配をするんだ
-----
起きた。ちょうど夜明けだ
余震もあって3時間くらいしか寝れなかった
成田空港では、無料チャーターバスがではじめました。エスカレーターも復旧。家族や知人の方が足止めされて心配された方にお伝え下さい。僕らは元気です。僕はこれからチェックインカウンターで振替便手配に向かいます
空港内は、ロビーで夜を明かした1万人の人達で
埋め尽くされていた
みんな寝袋にくるまって、起きている人達も顔は疲れきっていて
僕らは、その中を縫うようにチェックインカウンターに向かった。
各自の連係プレーで、昼1時の便が取れた。
ヒューストンまでは飛べる。その先オースティンまでの便は確保できてないけど
どうにかなる、どうにかしてやる。
喫煙所で一服しながら、ふと思った。
本当に、いま僕はアメリカに行くべきなのかな?
僕が日本に残って、出来る事なんて限られているけど
本当に、今アメリカに行く事にどんな意味があるのだろう?
こんな大変な時に日本を離れてアメリカへに渡って、日本のITサービスの凄さを全世界にぶつけてくる。なんて、正直複雑な気持ちです。ただ、
不謹慎かもしれ無いけどこういう時だからこそ、行きたい。アメリカにもこの日本の状況が伝わっている。彼らは災害時も冷静に行動する日本に驚嘆している、そしてたくさん祈ってくれている
SXSWで日本の僕らが大暴れすれば、世界中のTech系を中心としたメディアが取り上げてくれるはず。そのニュースで日本に明るい話題を持ち込みたい。戦災や阪神大震災から復興した日本が不死身だと、そしてたくさんの祈りをありがとう、と伝えてきます。
※これ、ツイートしてすぐに『やべー、ついなんか熱くなって、らしく無い事言っちゃったなー』ってちょっと後悔したんだけど、
もの凄い勢いでRTされたり応援メッセージが飛んで来たので、消すに消せなくなったんですw
地震発生から22時間後
本来のフライト予定時刻から、20時間後
僕らは、テキサス州オースティンに向けて出発しました。
この先の、現地での出来事はまた今度書きます。
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