2015/07/30

寄稿した時のウラ話と、境界線上が大事って話

先日、色々と縁があって「Wired.jp」の中にある「INNOVATION INSIGHT」というコーナーに「ビッグデータとIoTの時代に「デジタルヘルスケア」はどう変わるか」という文章を寄稿しました。
※メインの執筆は川口が担当して、僕は執筆協力っていうポジションですが。

このエントリーは、その時の裏話を職場でしていたら「面白いですねー」って言われたんで、ああ面白いのか。じゃあブログにでも書いてみるかって話です。
あと、あの文章通じて何を届けようとしたのかっていう話を少し。

■寄稿のきっかけ
先日、仕事絡みでWired日本版の若林編集長にインタビューさせていただく機会がありまして(その時の内容はこちら
半年ぶりにお会いして、インタビューが始まる前に「そういえばいまどんなことしてるの?」って聞かれて、事業内容を説明したら「へーそういう知見持った人が分析してるんだね、面白いね、INNOVATION INSIGHTってコーナーあるんだけど寄稿しない?」って声を掛けられました。

去年、日本経済新聞にワールドカップ直前だったということで「一流サッカー選手のスパイクに秘められた最新技術」というのを寄稿してたんで、似た感じの座組みでできるかなーと引き受けました。


■なんで執筆テーマを「デジタルヘルスケア」にしたのか
「このテーマで書いてください!」みたいな指定が無く、書きたいテーマをこちらで決めていい。って事になり川口と「何にしますかねえ」って軽く打ち合わせしました。

最初は色々と候補があったんです。
「未来の都市がどうなるか」とか
「モビリティ技術の進歩の先にある”移動”という概念の変化」とか
「人口100億人時代の食糧はどうなる」とか。

ただ、15分くらい打ち合わせした時「ヘルスケア」が一番盛り上がったというか、話題がとりとめなく広がったんです。

センシング技術、VR、遠隔とかテレマティクス、ビッグデータの活用、ああこれいくらでも話せちゃうねって。

領域横断的で「これからのイノベーション」にピッタリだし、寄稿依頼を受けた時点で他の人が似たテーマを書いてなかったし、
何より、老若男女問わず健康や寿命って身近なテーマだから、読む人に興味を持ってるもらえるかなーと。


■短編小説を頼むと、毎回大河ドラマの脚本みたいなのを書いてくる
メインで執筆した川口は、僕よりはるか年上で、バイオと薬学の博士号を持ち、今もハーバード大学の研究チームと仕事してたり、過去に論文とか出版物への執筆実績もたくさんあって。

だからこそ、仕事においては心強いんですが、毎回大変であると同時に面白いのが
「笑っちゃうくらい完璧に仕上げてくる」んです。

最初に「できたよ」ってもらった原稿、文字数8,600文字。
しかも、中身は完全に論文口調。
記述内容に対する出典とか論理展開とかも完璧。

いやWIREDですよ川口さん、Nature(ネイチャー)じゃないっすよって言いそうになった。
文章の出だしが「厚生労働省は、2014年に~」で、あれ?俺いまウェブメディアの原稿書こうとしてるんだよな?NHKスペシャルじゃ無えよな?みたいな気分になった。


、、、んー。
そりゃ、「文字数は2000文字以上なら上限ないですよ」って言われたけどなー
なんだろうこれ、「曲作ってよ」「うん、じゃあ来週デモテープ持ってくるわ」
つって、次の週「コーネリアスの”FANTASMA”」がCDで届いた感じというか


■本当は書かれるはずだったけど、あえて外した「2つの話」
で、ここからが僕の出番。
その8000文字超えの論文をひたすら分解して、砕いて、キャッチーな言葉に置き換えて、興味が持てそうな文章を考えてそれを手前に丸々くっつけて
(※出だしの”近い将来〜(中略)の未来を予測したものです。の辺り)

もうこれリミックスじゃん。

で、とりあえず出来たかなーって送ってみたところ、
編集さんから「こことここ、専門的すぎるから言い換えてor削っていいですか?」って30箇所くらい赤入れされて。
※こういうやりとりして毎回思うのは、編集って大変だし凄い仕事だなと思う。今回も相当助けられたというか、編集して頂いた方の尽力無くしてあの仕上がりは無かったです。

まあそうよね、そりゃ指摘するよね。というか本当にごめんなさいって気分で再修正。


で、完成したのがあの文章なんですが
実は、最初のバージョンには含めてたけど、最終的に外した2つの話題があって
そこは「読む人に一番届けたかった部分」なんです。


1)色々と技術革新が進んでるって言ってもさ、実用化されるの?制度とか規制とかあって結局ちゃんと私たちに提供されるものなの?

2)体の中に技術が入ってくるのって、なんか不思議な気分。現在の倫理観とか宗教観からみて、ちょっと抵抗あるような話もあるんじゃない?なんか怖くない?


上記2つの話題、初稿段階ではちゃんと触れられているパートがあったんですが
編集さん側とのやりとりもあって、最終的に外す判断をしました。


問いが先に欲しいなって。

「ちゃんと書かれてる」ってことは「現時点での答え」を詳しい人が提供しちゃってるなって。

僕はヘルスケアについて特別造詣が深い人ではないです。
というか持ってる知識は普通の人とたぶんそんなに変わらない。
だから上記2つの疑問というか疑念?が浮かぶ。

じゃあ、読む人にもそれでいいやっていう判断。


公開後、NewsPicksに取り上げられて結構幅広い人がコメントしていて
ああ、問いを持ってくれた人がちゃんと居てくれたーよかったーと思いました。

すごく専門的知識を持った人も、あんまりよくわかんないけど気になるから言及した、みたいな人も両方いたことが嬉しかった。その両側に届かなかったら俺いる意味無いしなーと。


■「詳しいやつ」が知ってる話を「知らないやつ」に届ける事がしたい
最近、薄々感じていることがあって

多様性とか領域横断が大事な時代になってくると
「両方に出入りしてる奴」「ちょうど境界線上に立っている奴」って重要になってくるんじゃないかなと。
寄稿のきっかけとなった若林さんのインタビューにも出てくる話(ファッション×IT)です。

何より「そういうポジションが心底楽しい」と感じる人がそれやるべきなのかなーと。
これは普段担当している事業の設計とか方針にも、なるべく入るように気をつけてる要素です
(まだ至らない部分の方が大きいけど)

■もっとそういう人が増えるべき、とけっこう真剣に思ってる。
誰でもできることだと思うんです。

専門的知識をフル稼働させて、8000文字を超える論文書くのは、今から「楽しいし必要だからやりなよ」って言われても万人にできることじゃない。

仮に今から始めても、その道10年20年でやってる専門家と比較して「自分がやる意味」って見出しにくい気がする。


でも、高卒で、売れないミュージシャン崩れで、20代後半になってやっとバイト先の延長線上で社会人になれたような人でも、
バリバリのアカデミック領域で生きてきた人の知識を、「この部分わかりづれえから、もっとキャッチーにしたほうが広く届く気がする」って翻訳することはできる。

「よく知らないこと」や
「よく知らないけど、凄く興味はあるんです!」が
最大の武器になる。


領域が横断するってことは「横断を促す存在」が必要で、ネットワークを「dot(ドット)」と「nord(ノード)」に分類すると、点も大事だけど繋ぐ線も同じくらい大事だよ、という。
※すげえハイレベルな人になるとどっちの役割も果たす、みたいな人いるけどね



ここ最近「波多野さん、何か難しいことやってますねー」って言われることがたまにあって
そのたびに「うわーくそーちくしょー」と心の中で思ってて

「波多野さん、(何だかよくわからないけど)何か楽しそうなことやってますねー(自分もやりたいなー)」って言われるほうがいい。
たぶんそしたら俺、「え?興味ある?やろうやろう」って言うと思うし。


、、、、、あれ。なんの話書こうとして書いたんだっけこの文章。


あ、途中に出てきた「技術の進歩の先にある倫理や宗教観とのせめぎ合い」については後日別エントリー書きます。

◯8月31日追記◯
上記の、「後日別エントリー書きます」の件を書きました。こちらからどうぞ↓

技術革新で、より自分の内側にある倫理・宗教観と向き合うことが必要、みたいな話