2016/12/12

強化義体世界大会「サイバスロン」、人体とテクノロジー融合の未来


先日、WIRED主催のサイバスロン報告会イベントに行ってきました。

イベントの元となった記事はこちら↓
[wired]そこに障害者と健常者の境目はなかった:2016年サイバスロン現地レポート
http://wired.jp/2016/10/11/2016-cybathlon-report/


今年10月に、スイスで「サイバスロン」という大会が開催されました。
もともと、ロボット工学を応用した補装具の普及を目的に創設された障害者スポーツ大会なんですが、最初にこのイベントを知ったとき、色々思ったのです。

サイバスロンは、
 ・未来のエンターテイメントの発芽で
 ・人と技術の融合において重要な役割を果たす、
 ・自分と違う他者への寛容さ・多様性に寄与する。
 ・しかも大きな産業・市場を創出する。
 ・技術の社会実装プロセスに使える。
そういうものなのではないかと。


細かいルールや詳細は前述のWired記事を読んでください。
スイス・チューリッヒ郊外の、7,000人収容可能なアイスホッケー試合会場は、
チケットが売り切れ、当日もチケットを求める人が会場の外にいたそうです。


サイバスロンは、障害者が競技者となる点で、パラリンピックと近い印象を持ちますが、
実際には、競技を行う「パイロット」、そのパイロットが乗る(装着する)マシンを作成し、チューンナップする「技術者たち」の融合したチームで行うので、個人的にはF1などのモータースポーツに近いと思います。

サイバスロン全部説明したり、イベントのやりとり書くと長くなるんで
個人的に「おっ!」と思ったことを羅列

画像引用:Wired
筋肉の電位を測定し装着者の意思を読み取る義手「メルティンMMI」


○20年間足を動かしたことがないパイロットが、ペダルを漕ぐ

実際に、日本から参加したメルティンMMIチームのFESバイクレースパイロットは、足を切断してから20年間「自分の足を動かす」という感覚がありません。
このパイロットは、電気刺激型のバイク(見た目は、車いすっぽい)に乗って、実際にペダルを動かして走っている。

足を動かすのが不自由な人が補助を受けて競技するのがパラリンピックなら、
サイバスロンの場合、「足を動かす概念自体が消えたはず」の人が競技をしている。



○人と技術が融合

技術にスポットの当たった競技大会、といえば「ロボットコンテスト」とかがある。
サイバスロンの場合、「パイロットが駆使する技術・マシン」が、
本当にその製品を使うターゲットである。という点が特色。

人、にスポットが当たったパラリンピックとも違う、
技術、にスポットが当たったロボットコンテストとも違う、
人と技術、が対決するAIとの囲碁勝負とも違う、

人と技術がチームを組み、本来できなかったはずのことをやる
(F1であれば時速300kmで走る、サイバスロンなら足が無い人がペダルを漕いで走る)

それを通じて「こんな技術がもう実用的にあるんだ」ということを、見ている人が知る。
大会に勝つために、自分たちの技術をアピールするために、
研究成果を「競技のマシン」として披露し、より研ぎ澄ませる。


○なにが「障害」で、だれが「障害者」なのか

サイバスロンのパイロットが障害者ですが、そもそも障害者ってなんだろう?
僕は、視力が1.5以上ある、
妻は、視力が悪く眼鏡かコンタクトがなければ外出も難しい。

しかし妻は別に視覚障害者ではない。
それは「眼鏡とコンタクトレンズ」の技術によって、僕と同じ生活を送っているから。

でも僕は、目の中にものを入れるなんて怖い!!と思うので、カラコンとか絶対装着できない。
コンタクトレンズが不要であると同時に、そもそも装着できない

じゃあ、コンタクトレンズの技術が向上して、
「装着したら視力4.0になるのが当たり前」の世界になったら?

妻が便利だから、と当然のようにそれを装着し、
僕は相変わらず「眼の中にコンタクトとか怖い絶対無理!!」となったら?


たしかイベント中にメルティンMMIの粕谷さんが仰ってたのですが
”2本の腕があるから健常者、という定義はおかしい。ぼくは、はんだ付けの作業をする時に、腕が2本なのを毎回不自由だと感じている。正直、腕が3本あって駆使できるほうが色々と便利だ。2本の腕と脚を自由に動かす人を健常者と呼ぶのは、 3本の腕を駆使するやつが現れたら、そっちがスタンダードになる。”現時点でそれが最高レベルだから。

※サイバスロンのオフィシャルトレーラー動画

○健常者と障害者のコミュニケーション

パイロットは障害者、技術クルーは健常者が中心。
この両者が、大会での勝利を目指して試行錯誤し、意見交換し、訓練・練習を続ける。

これは、「選手とコーチ」や「F1ドライバーとメカニックチーム」の関係と近い。
強化車いすの競技に出場した和歌山大学の中嶋さんは、
「本来なら、妥協せずがっぷり四つの関係性を作りたかった、
しかし実際には、どこまで踏み込んでいいのか、
どこまでぶつかり合っていいのか、難しかった」
と言ってた。

パイロットと過ごした日数も少ないだろうし、サイバスロン自体がまだ始まったばかり。
けど、自分たちのマシンを最もうまく乗りこなし、長い年月をかけて信頼関係を築いた場合、
この「難しさ」はどうなるのか。

○未来のスポーツエンターテイメント

視力4.0のコンタクトレンズ、しかも瞬時にピントが合わせられる、となったら
それを装着し、オリンピックに出場するのは、どういう扱いになるんだろう。
競技によっては、大きなアドバンテージ(有利・不利を作り出す要因)になる。

いくらでも最先端のコンタクトを装着して構わなくなるのか、
ルール自体の改正が必要に迫られるのか。

そして、「視力4.0ってあんなレベルで見極めるのかよ!すげえ!」という
驚きと感動を視聴者に届けるのか。

一流アスリートが身に着けてる一流の製品って大ヒットするじゃないですか。シューズとか。
世界中にいる、足の不自由な人、足の先が欠損した人がサイバスロンを見て、
「なぜあんなに自由にペダルを駆使して移動できるんだ・・・!」となったら。


○隠さない、むしろ「自慢する」という風潮

目が悪い人が眼鏡かけて、そのメガネが超かっこよかったら、
自慢はしなくても「見てほしいなあ」くらい思うのは自然だし、
そもそも「メガネが似合う顔」ってある。

「美しい義足」で有名な、東大生産技術研究所の山中俊治教授は
”義足を装着した人は、まずそれを隠したがる。しかし、その義足が予想以上に自由自在に高性能で、外観もかっこいいと、次第に見せびらかしたくなる”と言っている。
画像引用:東京大学生産技術研究所 山中俊治研究室


当たり前だ、自分が使ってるものが高性能で、自分しか持ってなかったら、自慢したくなるもの。


○トラブルが起きたら

オリンピックやF1、いや大体のスポーツが、
仮に選手が練習中・試合中にケガをしたとして、

かわいそう、痛そう、ひどい、とは思うだろうけど、同時に
「まあ、ぎりぎりの勝負の世界では、多少のケガは仕方ない」と思うでしょ?
(※著しくひどい症状や、明らかにルールや運営の不備によるものは除く)

じゃあ、サイバスロンの大会で、いま同じことが起きたら?
パイロットが、マシントラブルで例えば腕に大やけどを負いました。

F1のドライバーが、マシントラブルで起きた火災に巻き込まれ、
腕に大やけどを負いましたってニュースとまったく同じように、
自分は、周囲は、受け止められるか?


○お金がかかる、企業スポンサーの参入

スイスと日本の間で、莫大な機器を輸送せねばならず、
輸送費だけで往復200万円くらい掛かったらしい。

サイバスロンは、現状の目的が「福祉関連技術の発展」のため、という方向性なので、
この領域における大企業が大会をスポンサードするとか、
賞金を出すとか、もしくはチーム単位で支援するとか
新しい文化の創造、という文脈で某飲料メーカーが支援するとか

そういう動きがあっても、別におかしくない。
というか、すでに動いてるんだろうし、
海外じゃクラウドファンディングで資金募ったりスポーツメーカーに売り込んでるチームもある。

○エンターテイメントとして社会に実装させてしまう

技術の研究と実用化、っていまやっている仕事が関わり深いんで
どうしてもアンテナが反応しちゃうのだけど、

「普通にエンタメとして成立しちゃうもの」がやっぱり強い。
最近だとVR。
テレビでバンバンやって、ラジオでいろんな芸人が話のネタにして。


社会的な意義はある!でも市場価値はよくわからない!
みたいなの、大事なんだけど、10年スパンでみてジリ貧だったら意味ないと思う。

結局ボランティアでしか成立しません、って
関わってる人たちが率先して実証しちゃうの、
本当にいいことなのかな?

「いや、普通にエンタメとして超面白いから」

「面白いから、当然関連ビジネスとかいっぱい立ち上がって市場作っちゃうから」

「すげー注目されてる大会だから、一流のチームはめっちゃ賞金もらうし」

「パイロットも技術クルーも超かっこいい、あー将来サイバスロンの技術者になって優勝したいなー!」って子供が出てきたら。


こうあるべきなんじゃ?何かあるかなあ?と思って、最近発見したのがこのサイバスロンでした。


ほんとは不寛容さの許容、みたいな文脈としての
サイバスロンが持つ可能性の話も書く気だったけど、

疲れたので別エントリーにする。
退役軍人も、肌の色や腕の本数が違う人も、
あまり周囲に見る機会が少ない日本における可能性の話。

---
サイバスロン公式サイト
http://www.cybathlon.ethz.ch/

日本からの参加チーム
メルティンMMI
http://meltin.jp/home/ja/home/




2016/10/12

ありがとうございました。最高でした。

画像は公式サイトから。

ブンブンサテライツの川島さんが10月9日に永眠しました。
既に5月に公式ブログで発表されていた内容
を見ていたので、正直そう長くはないと思っていました。

活動が終了、という事実よりも
上記のリンクにある
正確な意思の疎通が難しいので、今彼が何を考えて何を思って毎日を過ごしているのか、僕でも少し理解しきれない時があります。
という中野さんの文章があまりに重すぎて、衝撃的過ぎて、
もうそこまでの状況にあるんだ・・・と思ってました。


ここからおっさんの昔語りをします。

---
最初はたしか17年前。
当時僕は音楽活動をしながらフリーター生活で、昼夜が逆転するような生活をしていて、
夜中に、NHK-BSをだらだらと見ていたら、知らない2人組のアーティストが回るヨーロッパツアーを密着取材する、というドキュメンタリー番組が放映されていました。

そこで聞いた曲に衝撃を受け、次の日CDを買いに。
テレビから流れていた曲は「DIG THE NEW BREED」
CD屋にあった視聴機で流れてきたのは「PUSH EJECT」でした。



2000年、ぼくはとある家電量販店に勤めてました。
何がきっかけかは忘れましたが、フジロックにブンブンサテライツが出るというので
1日だけ日帰りで、職場の同僚と苗場に行きました。

仕事を終わらせて夜中に出発し、明け方苗場着。
仕事明けでほとんど寝てないなか、暑い昼過ぎのホワイトステージで
はじめてブンブンサテライツのライブを体験しました。

ずっと居たかったけど、帰れないとまた次の日も仕事だ。
グリーンステージのヘッドライナーを横目に、駐車場に戻ったのを覚えてます。
プライマルスクリームがやってたなー。
その次の年から、毎年3日間フル参戦するのが何年も続きました。



2003年、ぼくはIT会社に転職しました。
転職して2か月後、いまはなき渋谷AXでライブをやるというので
はじめてワンマンライブを仕事終わりに観に行きました。

ライブが終わった後、もう疲れ切って帰るのも面倒だったので、
オフィスに戻り、ぼーっとしていると、右腕が死ぬほど痛いことに気が付きました。
ライブ中、気が付かないうちに右腕を脱臼していました。
ライブの余韻に浸り、オフィスに戻ってきて、数時間経ってやっとそのことに気が付きました。



2011年、僕はとあるスタートアップ企業で働いてました。
広報・PRの担当だったので、たまにメディアに取材されたりもしました。

ある日、FMのラジオ局から「先進的なテクノロジーを使ってる企業の人を取り上げたい」と出演依頼が届き、なぜか僕が出ることになりました。
そして事前に「あなたにとってのテクノロジー」をテーマになにか曲をリクエストしてくれ、という謎の質問事項がありました。

ブンブンサテライツの「PUSH EJECT」という曲を、と返信して出演当日を迎えました。

有名なラジオパーソナリティの方のリードで、とくに問題なく出番が終わりかけたとき
「最後に、1曲テクノロジーをテーマに挙げてもらえませんか?」というフリが。

ああ、ここで使うのか、と思い
「あ、はい。ブンブンサテライツのPUSH EJECTという曲を」というと
「なるほど!ちなみに、なぜこの曲を選んだんですか?」と聞かれました。

は?
理由?理由もいうの?そんなの事前の質問事項に無いよ?と一瞬頭が真っ白になりかけ、

「あのう、テクノロジーって生身の体と融合して初めて大きな意味を持つものだと思っていて
僕にとって、それを体現してる曲がこれなんです」と完全アドリブで答えました。

テクノロジー企業の広報さんが平日昼のFMラジオに出て、たどたどしくトークした後
10年以上前に発売された、15/8拍子に乗せたダンスミュージックを紹介する。
しかも謎の一押し理由まで添えて。

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今日、川島さんの訃報に接し、ツイッター上を色々検索してみました。
"PUSH EJECT"というワードで検索したところ、

「知らない場所に連れて行ってくれる存在だった」
というニュアンスのことを言ってる人が何人かいました。

もちろん最近の作品もライブも好きだけど、
なんというか、初期(アルバムでいうOUT LOUD、UMBRA)の感じは

本当に、わけのわからないところにいつの間にか
気が付いたら連れてかれる感覚があったんです。
しかも、(腕が脱臼したことに気が付かないくらい)踊り狂いながら。


好きなアーティスト挙げろ、と言われたら500組くらいはさらさら挙げれる自信はあるんですが
訃報にふれて、こういうブログを書かずにはいれないアーティストがあと何組いるかな、

ということを考えながら書きました。

公式サイトから引用
「そして、最後に一言だけ言わせてください。ブンブンサテライツでした!!」
http://www.bbs-net.com/

ありがとうございました!最高でした!

2016/10/03

映画「怒り」を観た後に、原作を読んだ。(ネタばれ無し)

画像はeiga.com/から引用

映画を見て、あとから原作読んだんですけど。
この作品に関してはその順番(映画→原作)がおススメかも。


理由は後述。


作品内では、3つの物語が平行する。東京・千葉・沖縄
(※警察の動きも入れれば4つ、なんだけど原作ほどフォーカスが当たってないので3つ。)


1.千葉:漁港で働き男手ひとつで娘を育てる

(渡辺謙、宮崎あおい、松山ケンイチ)

キーワード「負い目」
とにかく負い目を感じている。

狭い田舎で、すぐに娘に関するうわさや悪評が出回る。
それと戦い娘を守ろうとしても仕方がないと我慢する父親

自分が人と違うことを薄々わかっていて、自分を大事にしないし、
自分を大事にしてくれる人はおそらくいない、という考えに至っている娘

本当は、自分の娘が幸せな人生を歩めると思っていない父親
自分みたいな女に好意を寄せる男は、まともなやつなわけがないと思っている娘

何かの恐怖や警戒心を常にまとわなければ生きていけない、
というオーラを全身から放っている若い男


2.東京:ひょんなことで共同生活をはじめるゲイカップル

(妻夫木聡、綾野剛)

キーワード「諦念」
みんな諦めている。

病気の母親は、もう長くは生きれない。
好きな男と一生過ごしても、社会通念上そいつと一緒の墓には入れないと思っている。

たくさん楽しい予定を入れ、おいしいものを食べ、踊り狂っても、何も楽しくないと実はわかっている。

妻夫木の冒頭のセリフで
えーもう少し居ましょうよ、俺なんてもう「楽しいフリしてるのが楽しい」ってレベルまで来ちゃってますから
ってのと、中盤の
予定いっぱい入れて、毎日バタバタしてるのが楽しいと思ってたんだけど」
があるんだけど、このセリフで全部表してるよなーと思った。
東京で楽しいフリして毎日を送ってるやつ100万人くらい殺す威力ある。


3.沖縄:無人島で暮らす男と、知り合った若い2人

(広瀬すず、森山未來、佐久本宝)

キーワード「閉塞感」

作品見終わってまず思ったこと
なんで映画のポスターとかに佐久本宝くん入ってねえんだよ!入れるべきだろ!!

これ。

辰也役の佐久本宝くん凄い。無名でほぼ演技経験無い新人らしい。ほんと?
この映画、辰也君いなかったら成立しないじゃん。と思った。

とにかく景色がきれい。素晴らしいロケーション。
一度でも南の島・離島に訪れたことがあるなら
「ああーいいなあー」と自分の記憶にある美しい風景と重ねられる。


けど、実際はどこまでも抜けるような青空の下に、
無限に続く青い海のように、
絶望的で閉塞的な世界が広がっていること、が描かれる。


なんの成果も生まない社会活動に精を出す父親を見る息子
不平不満がある、好きじゃない。けど、それを母親に伝えない娘
とある事件が起きる、それを警察に届けたとしても「何も変わらない」とわかっている人たち


何も変わらない、
なにも意味がない、
どうせみんな興味ない。
せめて景色が綺麗でないと、息苦しくて窒息しそうな空間。


◆原作と映画の違い


原作・・・犯人が誰なのかを意図的にわかりやすく描き、それを踏まえた人間の心境を描く。
読者が先に真実を知る「神視点」

映画・・・犯人捜しのミステリーがメインではないが、後半まで誰が犯人かはわからない。
見ている側も「同じタイミング」で真実を知る。

この違いが、原作が好きな人は映画の評価があまり高くない理由だなと思う。

でも、ここに映画版最大のポイントがある。

映画は、登場人物がそれぞれ怪演といえる演技を披露し、1時間半くらい経つと
もう見ている側は誰かに(下手すると全員に)感情移入してしまう。
原作を読んでいない人は

「せめて○○だけは殺人犯ではなかった、となってほしい・・・」

「そうじゃなきゃ、あいつがかわいそうだよ・・あいつのためにも人違いであってよ・・」

となる。俺もなった。

終盤、原作にも登場する「ある男」が取調室で刑事相手に話をはじめる。
怪しい、一見してヤバいとわかるオーラをまとっている。

「もしかしたら3人とも犯人ではなくて、こいつが真犯人なのでは?」と思えてくる。

思えてくる、というかそうあってくれという目で「その男」を見てしまう。

原作を知らず、どっぷり感情移入した客にとって希望の光。

ただ怪しいだけで、謎なだけで、3人とも殺人なんてしていなかったのかもしれない。

そう、せめてこんな世界なんだから、目の前の人が殺人犯なんてやめてくれよ。

と思ったところからの、

真犯人が本性を現していく展開が素晴らしい。
これは原作を先に読んでいては味わえない感覚。


◆映画観た人、原作読もうぜ


映画を先に見て原作を読むと
「えっ、なんでそんな露骨に誰が犯人なのかわからせちゃうの?」
という点に不満はある。

俺も読みながら「えっ、はやっ!」って口走った。
でも、「文字によって表現し、読者側の脳内に想像させる」という手法の醍醐味がある。

沖縄で起きる事件の描写、
漁港で働く親父の心境、
充実した生活に見えて巨大な空洞を心の中に持つ男。

役者が巧かろうが、脚本や演出を駆使しようが
映像で見せたら固定化しちゃうもの、映像で見せにくいもの。
原作の最大の魅力。

あと、映画版では省略せざるを得なかった
・なぜ、父親は娘を大事に思いつつどこか負い目を感じでいるのか
・東京で暮らす男はなぜ、空洞を心に抱えているのか
・沖縄に住む女の子は、(たとえ事件が起きてなかったとしても)母親をどこか冷めてみているのか
を描いてるし、

事件を追う刑事の心境、
東京で暮らす男の「理解あるからこそ空しさが増す」家族、
漁港で働く父親のいい相談相手となるいとこの過去
など、

結局メインキャスト8人以外も、全員もれなく
「信じたいけど信じられない、そんな自分が好きになれない」
を背負っていて、

映画見た後に
本当はあの2時間半に入らなかっただけでこういうことなのか。
と楽しめる。

映画を低評価する原作ファン最大のポイントはここだろうな。こんなに省略されたんじゃそりゃ微妙だわ。


でも、「犯人が誰なのかが明確になり、そいつが本性を現し、迎える結末」の描写は
映画版のほうが、個人的には好きです。


最後に。
映画もしくは原作を読んだ人にしかわからない、
”壁に書きなぐられたような”文章を書く。

映画みて、原作と違うって怒り狂ってるやつがいた、
ネットでレビュー書いて評論家気取り、ウケる。
自分の世界観が侵されるのが嫌ならわざわざ観んな


2016/03/13

書評&裏話的な。「人工知能は私たちを滅ぼすのか --計算機が神になる100年の物語」

以前の職場で同僚だった、児玉哲彦くんがこのたび本を出版することになりました。


※画像は児玉くんのブログから
タイトルは
人工知能は私たちを滅ぼすのか―――計算機が神になる100年の物語


実は児玉くんがこの本を執筆中に、少ーし関わらさせて頂いたので
一足早く読んだ立場からの感想と、あと裏話っぽいことを書こうと思いました。


タイトルがなんだか仰々しいですが、かなり広いターゲットの人に読んでほしいんだなと感じる内容です。

副題に「100年」とあるとおり、20世紀におけるIT技術の勃興から今日まで、
そしてその先にある、人工知能が世界に「当たり前」に存在している世界を、 SF映画っぽさを出さずに描いた本。

「広いターゲット」は本音の感想ですが
書かれてる内容がとっつきやすいか?というと違和感がある。
でも、「人工知能」「IT技術」に関心があるなら、途中で脱落せずむしろ楽しく読める。

むかし、小難しい「哲学」というジャンルをなるべく平易に、
歴史の流れに沿って書いた「ソフィーの世界」という本がありました。
あそこまで分厚くはないけど、ちょっと近いかもしれません。
難しさと易しさのバランス感でいうと「ダヴィンチ・コード」とかも近い。


児玉くんとの付き合いはもう5年半になりますが、
「豊富な知識」を持ち、「偉大な先人への敬意」を大事にし、
自分が拘っている分野の「照らす未来は明るく正しくあってほしい。という想い」が強い人だな、と常々感じます。

そして「丁寧に伝えよう」と本人は頑張ってるんだけど、
結局「熱意と妄想とエゴが爆発して饒舌」になる人。

この本は、上記「」で囲った部分がそのまま出ています。
熱意と妄想とエゴが爆発し、児玉くんは饒舌になる代わりに10万文字を疾走します。
音楽ジャンルでよくありがちな「20世紀のロックスター列伝」みたいな本です。
著者がロックを好きすぎるあまり、書かれてる内容が異様に熱を持っている。アレです。

彼が学生時代に出会った「コンピューター」や「線形代数」は
ジョンレノンや、ボブディランや、カートコバーン、マイルス・デイヴィスのようなものなのかもしれません。
以前一緒にSxSW(サウスバイサウスウエスト)というアメリカのイベントに行った時、僕らはとあるバーでブルース・スターリングという作家に会いました。

その時の児玉くんの興奮っぷりは凄まじく、まさに小さい頃からのギターヒーローについに出会えたミュージシャンのようで、小さい頃からテクノロジーの進化とその先に見えてくる新しい世界に接していた、彼の「根っこの部分」を垣間見たような気持ちになりました。

この本を個人的にどういう人に一番読んでもらいたいか、考えると
中学生とか高校生が読んでくれたら嬉しいなと思います。

読み終わった後に、生まれて初めての衝撃的な1曲に出会ったあと、ギターをかき鳴らしたくなる。
みたいな感じで
プログラム言語や線形代数をかき鳴らしたくなる奴とか出てきたらいいなあと思いました。

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以上本編(感想)おわり。

以下↓だらだらとした裏話。
(軽いネタバレあるんで、避けたい方はブラウザ閉じてください)
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去年の夏、児玉くんから
「いま実はこういう本を書いてるんだけど、どう展開すべきか迷ってる。
 いま書き上げたとこまで読んで、感想とか意見がほしい」
と連絡をもらいました。

面白そーなテーマで書かれた内容だったんで二つ返事すると、pdfデータが届きました。
「6つにファイル分割された」pdfデータが。

ちょっと読んでほしい、という言葉、
そして単著で初めて本を書いた。ってことで、
軽い文庫本サイズかな?と勝手に思い込んでたら。

「、、、これ何文字あんの?w」
「まだ校正前だけど、現時点で85,000字」
「85,000字wwwwwwwww」

読み始めると結構すらすらいけて。
2日か3日で読み終えました。

最初に読んだ時、第5章まで完成してて、
ちょうど20世紀のIT技術の変遷が世界にもたらした変化、が書き終わった段階。
つうことで、僕は主に第6章以降にちょこちょこ関わってます。

「読み終わったよー」
「どうでした?」
「19世紀終わりくらいからの近代史とか、ITとか好きな人には面白いんじゃないかな。で、このあとどう展開するの?」
「ここから人工知能が作り出す世界、その先のシンギュラリティ、と展開するイメージなんだけど」
「なるほど過去から今日まで来て、今から未来を描くのね。えーと個人的にはですね、、、」

ここから
「聖書からの引用は、好き嫌いが出そうだね」
「AIの先にあるものは、決して西洋だけでなく、人類が知と意識の研鑽の途中で見つけていたものと繋がる多様性とか?」
「賢さとは何か」
「2030年を舞台に、どういうトピックを取り上げるか」
「俺はAIはひとりひとりに付くジョジョのスタンドみたいになると思ってるフシがある」
「AIに順応できてる奴と、順応できてないそいつの親世代がいる同時代性」
「個人がさらに細分化されてモジュール化する、いま融け合う過度期っぽいよね」
「ネットワークへの接続性高めるために、人類の個における鍵ってオープンでモジュールだと思うんだよ」
「テクノロジーの可能性を感じてそこに身を投じていく人が増えるべきよねー」
とかいう話を交えて、主にどんな人が出てきて、どんな生活をしてるべきか?
の話を2人でたくさんしました。


マリという女性がこの本に出てきます。
彼女の、自分自身を投影は出来ないけど、兄弟か親戚にはいるかな?いそうだな、いやギリギリいないかな?の感じと
「マリという名前」の部分に、関われたのが、個人的には楽しかったです。

児玉くんとのやりとりが、チャットに残ってたんでカウントしてみると、3〜4万文字くらいありました。
その中には、途中「あれ読んだ?」と会話の中にたくさんの書籍も出てきたので、
それを一気に紹介して、このエントリー終わりにします。

テクニウム――テクノロジーはどこへ向かうのか? ケヴィン・ケリー

ハワード・ラインゴールドの著書いろいろ

NEXT WORLD―未来を生きるためのハンドブック NHKスペシャル「NEXT WORLD」制作班

華竜の宮(上) (ハヤカワ文庫JA) 上田 早夕里

【漫画】真説 ザ・ワールド・イズ・マイン 新井 英樹

2030年 世界はこう変わる アメリカ情報機関が分析した「17年後の未来」 米国国家情報会議

消滅世界 村田 沙耶香

魔法の世紀 落合陽一

2016/03/01

無くなる仕事と、新たに生まれる仕事


IT業界に来る前に、3年弱ほど流通業界で働いていました。
5年ほどふらふらとフリーターをしていた中、勤めたバイト先で正社員にならないか?と言われ、
秋葉原の家電量販店で、店員をしていました。


ちょうど、ECという市場が拡大期にあたる時期で、
僕が勤めてた会社は、国内でもいち早くネット通販で売上を拡大していた企業のうちの一つでした。

当時は、Eコマースという言葉よりも「クリック&モルタル」という謎の用語があったりして、
ネット通販の勢いは凄まじかったものの、実店舗の売上が全社的には売上の重要な部分を担っていたし、無店舗型・ネットのみの店舗なんてのは、まだ限定的なもの。という雰囲気だったのを記憶してます。


週末セールや繁忙期のセールの準備を整え、
忙しい時期は17日連続出勤という、今考えると結構な激務をこなしていました。


店舗に立ち、接客し、数万~数十万円の買い物を決断させる。
店員として優秀か否か、の判断は「販売数・売上数」であり、それ以外には

秋葉原という街に買い物に来る客への対応力
・どれだけ深い商品知識を持ってる人とも対等に渡り合える知識
・初心者の人にも、専門用語を使わずわかりやすく説明し、背中を後押しする力
のどちらか1つ、もしくは両方を持っているか?が大事だった。

僕は完全に後者で勝負するタイプで、専門知識を求めているお客さんの時は
正直に説明し、速やかに接客を変わってもらっていた。

仕事を通じ、言葉の裏に隠された本音を察知する嗅覚、言葉を交わす前の、身なりや持ち物や目線の動き方から、収入や可処分所得に対する考え方を洞察する能力を養った。

端的に言えば、「売ってなんぼ」の世界


当時、2人の先輩社員がいた。
Aさんはスポーツマンタイプで、頭はそんなに良くないけどとにかく社交性があって、商品知識は素人。でも体育会系のノリで頑張るので、フロアマネージャーまで出世してた。

Bさんは、外見も中身もオタク。勤続年数が店の中で一番長く、商品知識はまさに生き字引のよう、社交的な性格では無い上に出世もあまり興味が無さそう、というか人間関係が少し不器用で、現場で僕と同じ一般職のままだった。


3年働いたなかで、2つ特に覚えてることがある。

Aさんは、フロアマネージャーになったけど、商品知識も無く売上拡大の施策もどこか的外れで、よく怒られていた。
いろいろと担当フロアを回された挙句、最終的にスタッフ数を増やし始めた「Eコマース部署」へと異動になった。


Eコマース部署は本社勤務なので、Aさんと会うこともなくなったが、
半年ほど経ったある日偶然駅前で会った。
いつのまにかEコマース部門のリーダーになっていた。

「ちょっとお得なキャンペーンを用意したら、目の前で何十人、何100人がどんどん買っていくんだよ」
「キャンペーンの準備は大変だけど、接客の手間も無いしレジ打ち間違えは無いし、商品は勝手に発送されるし、俺Eコマース向いてるわー」

この話を翌日、店長に「昨日Aさんに会いましたよー」と話すと、店長はちょっと不機嫌になった。
「売ってなんぼ」の社内で、Aさんのチームは既にうちの店舗全体の売上を超えていた。



Bさんは、毎日淡々と病気もせず無遅刻無欠勤で出社し、接客をしていた。
週末セールは、大量の商品が入荷するので、販売員総出で倉庫に搬入する。

長年の仕事の影響からか、Bさんは腰痛持ちだった。
僕が重量20kgを超えるコンテナを倉庫に搬入すると、Bさんが倉庫内の棚にデスクトップパソコンを運んでいた。

棚に運び終わったあと、Bさんは苦しそうな表情で腰を押さえていた。
「大丈夫ですか?」と声をかけようとした瞬間、Bさんは振り向いて「おう、それそこに置いといていいぞ」と言った。

Bさんの年齢は、たしか僕の10歳年上だった。
毎日あまり何も考えず脳天気に働いていた僕は、突然Bさんと自分の10年後の姿を重ねた。

「俺は、10年後も重い商品を倉庫の棚に陳列するのかな?」
「それとも、店長職やエリアマネージャーとかになって、そういうことはしなくなるのかな」


僕はAさんと駅前で話し、Bさんが倉庫で辛そうにしてる姿を目撃した約3ヶ月後、
知人の紹介によって、とあるモバイルサービスを提供するITベンチャーに入社した。

モバイル業界はその後飛躍的に市場を拡大し、
そのITベンチャーは、僕が退職する時、入社時に比べて社員数・売上規模ともに12倍になっていた。


僕はEコマースが今後伸びることや
実店舗の販売ビジネスがネット通販に押されて苦しくなること、
モバイルサービスが飛躍的に、世界的に伸びること、

どれ一つとして、予測もしてなかったし、そういう情報を発信してる当時のメディアも見ていなかった。
ITベンチャーの面接をするときも「知人が楽しそうに仕事してるから」が理由で、事業内容は1ミリもわからなかった。


というか、ごくごく一部の、一握りの「これからはITだ!」と気付き、いち早く勝負を賭けた人達以外、当時そんなことに気がついてる人はあまりいなかった気もする。


新しい潮流を、半信半疑に見ていた人、
新しい手法で事業を拡大し自分達の立場を脅かす存在を、苦々しく見ていた人、
僕みたいに、脳天気に暮らしてて、そんな変化にも気が付かなかった人。
「あんなものは一過性のものだ」と、存在を認識しつつニヤニヤと見ていた人。


ちなみにその家電量販店は、僕が辞めた数年後にとある大企業に買収された。

AさんもBさんも、いま何をしているかは知らない。
2人共辞めた、と聞いたのは覚えてる。


人工知能によって奪われる仕事、たぶんある。

IoTによって何かが救われる人、たぶんいる。

VR技術によって生まれる仕事、たぶんある。

どれも全部、たぶんある。


そして、どこを切り取ってもスナップショットの一つでしかなく
動画の中の一瞬を切り取った一コマは、素敵な一瞬や残酷な一瞬を捉えてるかもしれないけど、
次の瞬間はもう別のコマになっているので、点には本質的な意味はなく線で繋がれることで意味をなす。


新しい技術や市場によって、自分に向いた仕事に出会うAさんも
新しい技術や市場によって、体力的にきつい仕事から開放されるBさんも
どっちもいるだろうし、

全体のトレンドが、個人の運命を決定づけることなんてこれからも無いんじゃないかな。
もしそういう人がいたら、その人は外的要因のみによって運命を決められてしまう人なんだろうな。
ということを

雑誌や中吊り広告で「10年後に無くなる仕事!!!」みたいな見出しを眺めながら思った。