2016/03/13

書評&裏話的な。「人工知能は私たちを滅ぼすのか --計算機が神になる100年の物語」

以前の職場で同僚だった、児玉哲彦くんがこのたび本を出版することになりました。


※画像は児玉くんのブログから
タイトルは
人工知能は私たちを滅ぼすのか―――計算機が神になる100年の物語


実は児玉くんがこの本を執筆中に、少ーし関わらさせて頂いたので
一足早く読んだ立場からの感想と、あと裏話っぽいことを書こうと思いました。


タイトルがなんだか仰々しいですが、かなり広いターゲットの人に読んでほしいんだなと感じる内容です。

副題に「100年」とあるとおり、20世紀におけるIT技術の勃興から今日まで、
そしてその先にある、人工知能が世界に「当たり前」に存在している世界を、 SF映画っぽさを出さずに描いた本。

「広いターゲット」は本音の感想ですが
書かれてる内容がとっつきやすいか?というと違和感がある。
でも、「人工知能」「IT技術」に関心があるなら、途中で脱落せずむしろ楽しく読める。

むかし、小難しい「哲学」というジャンルをなるべく平易に、
歴史の流れに沿って書いた「ソフィーの世界」という本がありました。
あそこまで分厚くはないけど、ちょっと近いかもしれません。
難しさと易しさのバランス感でいうと「ダヴィンチ・コード」とかも近い。


児玉くんとの付き合いはもう5年半になりますが、
「豊富な知識」を持ち、「偉大な先人への敬意」を大事にし、
自分が拘っている分野の「照らす未来は明るく正しくあってほしい。という想い」が強い人だな、と常々感じます。

そして「丁寧に伝えよう」と本人は頑張ってるんだけど、
結局「熱意と妄想とエゴが爆発して饒舌」になる人。

この本は、上記「」で囲った部分がそのまま出ています。
熱意と妄想とエゴが爆発し、児玉くんは饒舌になる代わりに10万文字を疾走します。
音楽ジャンルでよくありがちな「20世紀のロックスター列伝」みたいな本です。
著者がロックを好きすぎるあまり、書かれてる内容が異様に熱を持っている。アレです。

彼が学生時代に出会った「コンピューター」や「線形代数」は
ジョンレノンや、ボブディランや、カートコバーン、マイルス・デイヴィスのようなものなのかもしれません。
以前一緒にSxSW(サウスバイサウスウエスト)というアメリカのイベントに行った時、僕らはとあるバーでブルース・スターリングという作家に会いました。

その時の児玉くんの興奮っぷりは凄まじく、まさに小さい頃からのギターヒーローについに出会えたミュージシャンのようで、小さい頃からテクノロジーの進化とその先に見えてくる新しい世界に接していた、彼の「根っこの部分」を垣間見たような気持ちになりました。

この本を個人的にどういう人に一番読んでもらいたいか、考えると
中学生とか高校生が読んでくれたら嬉しいなと思います。

読み終わった後に、生まれて初めての衝撃的な1曲に出会ったあと、ギターをかき鳴らしたくなる。
みたいな感じで
プログラム言語や線形代数をかき鳴らしたくなる奴とか出てきたらいいなあと思いました。

--
以上本編(感想)おわり。

以下↓だらだらとした裏話。
(軽いネタバレあるんで、避けたい方はブラウザ閉じてください)
--

去年の夏、児玉くんから
「いま実はこういう本を書いてるんだけど、どう展開すべきか迷ってる。
 いま書き上げたとこまで読んで、感想とか意見がほしい」
と連絡をもらいました。

面白そーなテーマで書かれた内容だったんで二つ返事すると、pdfデータが届きました。
「6つにファイル分割された」pdfデータが。

ちょっと読んでほしい、という言葉、
そして単著で初めて本を書いた。ってことで、
軽い文庫本サイズかな?と勝手に思い込んでたら。

「、、、これ何文字あんの?w」
「まだ校正前だけど、現時点で85,000字」
「85,000字wwwwwwwww」

読み始めると結構すらすらいけて。
2日か3日で読み終えました。

最初に読んだ時、第5章まで完成してて、
ちょうど20世紀のIT技術の変遷が世界にもたらした変化、が書き終わった段階。
つうことで、僕は主に第6章以降にちょこちょこ関わってます。

「読み終わったよー」
「どうでした?」
「19世紀終わりくらいからの近代史とか、ITとか好きな人には面白いんじゃないかな。で、このあとどう展開するの?」
「ここから人工知能が作り出す世界、その先のシンギュラリティ、と展開するイメージなんだけど」
「なるほど過去から今日まで来て、今から未来を描くのね。えーと個人的にはですね、、、」

ここから
「聖書からの引用は、好き嫌いが出そうだね」
「AIの先にあるものは、決して西洋だけでなく、人類が知と意識の研鑽の途中で見つけていたものと繋がる多様性とか?」
「賢さとは何か」
「2030年を舞台に、どういうトピックを取り上げるか」
「俺はAIはひとりひとりに付くジョジョのスタンドみたいになると思ってるフシがある」
「AIに順応できてる奴と、順応できてないそいつの親世代がいる同時代性」
「個人がさらに細分化されてモジュール化する、いま融け合う過度期っぽいよね」
「ネットワークへの接続性高めるために、人類の個における鍵ってオープンでモジュールだと思うんだよ」
「テクノロジーの可能性を感じてそこに身を投じていく人が増えるべきよねー」
とかいう話を交えて、主にどんな人が出てきて、どんな生活をしてるべきか?
の話を2人でたくさんしました。


マリという女性がこの本に出てきます。
彼女の、自分自身を投影は出来ないけど、兄弟か親戚にはいるかな?いそうだな、いやギリギリいないかな?の感じと
「マリという名前」の部分に、関われたのが、個人的には楽しかったです。

児玉くんとのやりとりが、チャットに残ってたんでカウントしてみると、3〜4万文字くらいありました。
その中には、途中「あれ読んだ?」と会話の中にたくさんの書籍も出てきたので、
それを一気に紹介して、このエントリー終わりにします。

テクニウム――テクノロジーはどこへ向かうのか? ケヴィン・ケリー

ハワード・ラインゴールドの著書いろいろ

NEXT WORLD―未来を生きるためのハンドブック NHKスペシャル「NEXT WORLD」制作班

華竜の宮(上) (ハヤカワ文庫JA) 上田 早夕里

【漫画】真説 ザ・ワールド・イズ・マイン 新井 英樹

2030年 世界はこう変わる アメリカ情報機関が分析した「17年後の未来」 米国国家情報会議

消滅世界 村田 沙耶香

魔法の世紀 落合陽一

2016/03/01

無くなる仕事と、新たに生まれる仕事


IT業界に来る前に、3年弱ほど流通業界で働いていました。
5年ほどふらふらとフリーターをしていた中、勤めたバイト先で正社員にならないか?と言われ、
秋葉原の家電量販店で、店員をしていました。


ちょうど、ECという市場が拡大期にあたる時期で、
僕が勤めてた会社は、国内でもいち早くネット通販で売上を拡大していた企業のうちの一つでした。

当時は、Eコマースという言葉よりも「クリック&モルタル」という謎の用語があったりして、
ネット通販の勢いは凄まじかったものの、実店舗の売上が全社的には売上の重要な部分を担っていたし、無店舗型・ネットのみの店舗なんてのは、まだ限定的なもの。という雰囲気だったのを記憶してます。


週末セールや繁忙期のセールの準備を整え、
忙しい時期は17日連続出勤という、今考えると結構な激務をこなしていました。


店舗に立ち、接客し、数万~数十万円の買い物を決断させる。
店員として優秀か否か、の判断は「販売数・売上数」であり、それ以外には

秋葉原という街に買い物に来る客への対応力
・どれだけ深い商品知識を持ってる人とも対等に渡り合える知識
・初心者の人にも、専門用語を使わずわかりやすく説明し、背中を後押しする力
のどちらか1つ、もしくは両方を持っているか?が大事だった。

僕は完全に後者で勝負するタイプで、専門知識を求めているお客さんの時は
正直に説明し、速やかに接客を変わってもらっていた。

仕事を通じ、言葉の裏に隠された本音を察知する嗅覚、言葉を交わす前の、身なりや持ち物や目線の動き方から、収入や可処分所得に対する考え方を洞察する能力を養った。

端的に言えば、「売ってなんぼ」の世界


当時、2人の先輩社員がいた。
Aさんはスポーツマンタイプで、頭はそんなに良くないけどとにかく社交性があって、商品知識は素人。でも体育会系のノリで頑張るので、フロアマネージャーまで出世してた。

Bさんは、外見も中身もオタク。勤続年数が店の中で一番長く、商品知識はまさに生き字引のよう、社交的な性格では無い上に出世もあまり興味が無さそう、というか人間関係が少し不器用で、現場で僕と同じ一般職のままだった。


3年働いたなかで、2つ特に覚えてることがある。

Aさんは、フロアマネージャーになったけど、商品知識も無く売上拡大の施策もどこか的外れで、よく怒られていた。
いろいろと担当フロアを回された挙句、最終的にスタッフ数を増やし始めた「Eコマース部署」へと異動になった。


Eコマース部署は本社勤務なので、Aさんと会うこともなくなったが、
半年ほど経ったある日偶然駅前で会った。
いつのまにかEコマース部門のリーダーになっていた。

「ちょっとお得なキャンペーンを用意したら、目の前で何十人、何100人がどんどん買っていくんだよ」
「キャンペーンの準備は大変だけど、接客の手間も無いしレジ打ち間違えは無いし、商品は勝手に発送されるし、俺Eコマース向いてるわー」

この話を翌日、店長に「昨日Aさんに会いましたよー」と話すと、店長はちょっと不機嫌になった。
「売ってなんぼ」の社内で、Aさんのチームは既にうちの店舗全体の売上を超えていた。



Bさんは、毎日淡々と病気もせず無遅刻無欠勤で出社し、接客をしていた。
週末セールは、大量の商品が入荷するので、販売員総出で倉庫に搬入する。

長年の仕事の影響からか、Bさんは腰痛持ちだった。
僕が重量20kgを超えるコンテナを倉庫に搬入すると、Bさんが倉庫内の棚にデスクトップパソコンを運んでいた。

棚に運び終わったあと、Bさんは苦しそうな表情で腰を押さえていた。
「大丈夫ですか?」と声をかけようとした瞬間、Bさんは振り向いて「おう、それそこに置いといていいぞ」と言った。

Bさんの年齢は、たしか僕の10歳年上だった。
毎日あまり何も考えず脳天気に働いていた僕は、突然Bさんと自分の10年後の姿を重ねた。

「俺は、10年後も重い商品を倉庫の棚に陳列するのかな?」
「それとも、店長職やエリアマネージャーとかになって、そういうことはしなくなるのかな」


僕はAさんと駅前で話し、Bさんが倉庫で辛そうにしてる姿を目撃した約3ヶ月後、
知人の紹介によって、とあるモバイルサービスを提供するITベンチャーに入社した。

モバイル業界はその後飛躍的に市場を拡大し、
そのITベンチャーは、僕が退職する時、入社時に比べて社員数・売上規模ともに12倍になっていた。


僕はEコマースが今後伸びることや
実店舗の販売ビジネスがネット通販に押されて苦しくなること、
モバイルサービスが飛躍的に、世界的に伸びること、

どれ一つとして、予測もしてなかったし、そういう情報を発信してる当時のメディアも見ていなかった。
ITベンチャーの面接をするときも「知人が楽しそうに仕事してるから」が理由で、事業内容は1ミリもわからなかった。


というか、ごくごく一部の、一握りの「これからはITだ!」と気付き、いち早く勝負を賭けた人達以外、当時そんなことに気がついてる人はあまりいなかった気もする。


新しい潮流を、半信半疑に見ていた人、
新しい手法で事業を拡大し自分達の立場を脅かす存在を、苦々しく見ていた人、
僕みたいに、脳天気に暮らしてて、そんな変化にも気が付かなかった人。
「あんなものは一過性のものだ」と、存在を認識しつつニヤニヤと見ていた人。


ちなみにその家電量販店は、僕が辞めた数年後にとある大企業に買収された。

AさんもBさんも、いま何をしているかは知らない。
2人共辞めた、と聞いたのは覚えてる。


人工知能によって奪われる仕事、たぶんある。

IoTによって何かが救われる人、たぶんいる。

VR技術によって生まれる仕事、たぶんある。

どれも全部、たぶんある。


そして、どこを切り取ってもスナップショットの一つでしかなく
動画の中の一瞬を切り取った一コマは、素敵な一瞬や残酷な一瞬を捉えてるかもしれないけど、
次の瞬間はもう別のコマになっているので、点には本質的な意味はなく線で繋がれることで意味をなす。


新しい技術や市場によって、自分に向いた仕事に出会うAさんも
新しい技術や市場によって、体力的にきつい仕事から開放されるBさんも
どっちもいるだろうし、

全体のトレンドが、個人の運命を決定づけることなんてこれからも無いんじゃないかな。
もしそういう人がいたら、その人は外的要因のみによって運命を決められてしまう人なんだろうな。
ということを

雑誌や中吊り広告で「10年後に無くなる仕事!!!」みたいな見出しを眺めながら思った。

2015/09/14

自分をモジュール化する、っていう働き方について



ベンチャーとかスタートアップ界隈だと、起業したとかフリーランスになりましたとか。もはや珍しくもない感じだけど
それ以外の業界でも、必ずしも企業に雇用される働き方じゃない選択肢が増えたなって思う。

クラウドワークスみたいなクラウドソーシングの仕組みの発展もそうだし、
結構お堅い感じに思われてた業界でも、それなりに経験とスキルを積んだ人がその後独立するケースをよく見る。
人材業界、コンサル業界、制作会社、マーケティング、プログラマー。

一方、僕はこの会社に所属し、勤務する「会社員」という立場ですが、
大企業が副業OKにしはじめたり、在宅勤務・リモートワークOKな会社も増えてきて、
・企業に所屬から毎日同じ職場
・フリーランスだから自由な時間と働く場所
みたいな単純な二択でも無くなってきた。


■ちょっとしたご報告

んで、本題入る前に書いておかないと忘れる気がするので、
ここでちょっとしたご報告なんですが、ぼく最近やることを1つ増やしたんです。

クラウドファンディング展開中(※ぜひご支援を!)の低価格ホームセキュリティ製品のプロジェクト

このプロジェクトのマーケティング中心にいろいろお手伝いしてます。
といっても、いままでどおりこちらの会社にも所属し週5日働いてます。

簡単に言うと、空き時間で新しいこと始めたという。
元々うちの会社は原則副業禁止なのですが、後述するメリットなどもあり、経営陣がGOサインを出してくれたんです。
色々なことに前例がないベンチャー企業ではあるものの、原則的なルールがある中で決断してくれた経営陣に感謝してます。

で、プチ報告はこれくらいにして、本題の「自分をモジュール化すること」の話に繋げます。

僕が彼らのプロジェクトに合流した理由というのは、
「簡単に言うと空き時間活用」と書きましたが、別にお金目的では無いです。
最初のきっかけは、プロジェクトの中心人物に旧知の知人がいて、そいつから
「YOU、手伝わない?」って言われたからなんだけど

決め手は、ちょうど声をかけられた時に僕が考えていたことを実践するのにいい機会だと思ったからです。
それがこのブログのタイトルに付けた「自分のモジュール化」で、このプロジェクトに参画することでそれを試せるなと。

物事にはタイミングというものがあって、
それはなんとなく肌感覚で
「あ、来たな」「ああ、これ今ってことだな」と思ったら深く考えずさっと動くことが大事だと思っているので今回もそうしました。

ここでいう「モジュール化」の説明するのに、
これ偶然なんですが、先日公開された記事が引用しやすいなと。
「貼るだけホームセキュリティ」のSecualが実践するマイクロタスキングは、スタートアップの採用難を解消するか【連載:NEOジェネ!】
http://engineer.typemag.jp/article/secual_neo
ここでは、エンジニア中心のプロジェクト推進の手法として、タスクを徹底的に細かく砕く「マイクロタスキング」という話が展開されてるんですが、これ非エンジニアな人にも通ずるなと思ってるんです。


■僕もあなたも複数のモジュールで構成されている


例えば。
自分ができることや既に持ってるもの、を箇条書きにしてみてください。
スキルだけでなく、得意なことや苦にならないことや自分のバックボーンとか。

・エクセルの集計とかが早くて得意。長時間やってても平気、とか
・ソフトさえあれば簡単な画像加工ができる、とか
・細かい性格なので、チーム内で誰かがタスクを忘れた時に指摘できる、とか
・以前の職場で業務上のつきあいがあったので◯◯分野の研究をしてる人とのつきあいがある、とか
・親父が行政に勤めてるから、自治体とか地方自治について自然と知ってることが多い、とか
・移動が楽しいから、誘われたらいろんなとこにフットワーク軽く顔出す、とか
・よくわからないけど、なんか同年代のやつより知り合いが多い、とか

なんかこういうの。

書き出してみると、大半の人が「2種類以上」何かしら書き出せるはず。
この書きだした「1行単位」の「自分の特性」を「自分の内側に搭載されているモジュール」だと捉える。

そのモジュールを組み込むことが出来る場で、フレキシブルに活用する。という考え方。

で、一方普段のお仕事ですが。
恐らく大半の人が「自分の持つモジュールを全てフル稼働させて業務に勤しんで」いる状態には無いと思います。

むしろ、忙しければ忙しいほど、「どこか1種類のモジュール」のみフル稼働させて、あとは休んでる状態、なんじゃないだろうか。

それって、もったいない無いというか、もっと適切なサイズに砕いたらどうなるのかなと。

自分をマシンに置き換え、アウトプット(出力)を捉えてみると、
特定のボタンや部位だけがギュンギュン動いてるけど、別の部位はずーっと休んでる、

購入して5年経つテレビのリモコンに、一度も押したこと無いボタンってあるじゃないですか。あんな状態。
外部刺激による受信(インプット)も似てて、特定の何かに忙殺されていると、
本当はアンテナ張っておきたい領域のことにいつの間にか疎くなって、まずいなーって思ったりするじゃないですか。

周りのフリーランスで仕事してる人、特に非エンジニアな人と近況を話し合ってたりすると
記事を書いたり、サービスのコンセプトを思案したり、必要な人を周囲から巻き込んだり、同時並行で異分野なプロジェクトに参加してたりして、
「うまく自分の中にあるモジュールを活用してんなー」と思ったりする。

そうやって色んなとこに顔を出し、色々なことに参画し、それがまた次のモジュールを生成する、最初はライターとしてウェブメディアに文章書くだけだった人が、取材を通じて特定分野の人と繋がり、今度はそっちでイベント運営に関わり、すると紙媒体からオファーが来て、今まで扱ったこと無い題材に取り組み、その取材を通じ新たな知見を得て、、、
の繰り返しで、5年前に知り合った時と比べてモジュールのバリエーションが全然多様になった。みたいな人。というかこれ江口くんのことだな



■これは個人の働き方の話をしてるわけではなく、大げさにいうと社会における実験みたいな感じ

ぼくは、こういう感じの循環システムみたいなものを、「会社員でありながら」実践してみたかった。
フリーランスであれば、一度に複数のプロジェクトに参画したり、プロジェクトごとに求められる役割が変わるのはよくある話ですよね。

1企業に所属しながら、
自分の持つモジュールの活用度を高めて、
別のプロジェクト(要は副業)で得た知見がまた勤める企業側に還元されていく

むしろ、「これ」と「これ」の2つをやってます、という【複合】が、
仕事を1本に絞った時よりも、遥かにどちらのプロジェクトに対しても何かしら良いメリットを生み出す。という


えーとつらつら文章書いてますけど、ぼく別に【個人の働き方】の問題提起や近況報告をしたいわけではないんですよ。

この「個人」という存在を更に適切な単位に砕いて
「モジュール化する」という手法が増えたほうが
社会的な利益というか、
簡単に言うとイノベーションが起きたり市場の創出に繋がると思ってます。

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※ブログの途中ですが、ここから突如堅い話を展開しますので、

ここで一息つくために、ブログ筆者による

「最近テレビを見ていて、異様に気になること」

をご覧ください

↓ ↓ ↓ ↓
「なんかー、最近の多部未華子さー、めっちゃ色っぽくない?なにあれ?すげえな!」

以上です。それでは残りの文章をお楽しみ下さい
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ここから展開する話は、色々な事象を観察した上で
「ぼくのなかにふわっと存在する仮説」なんですが

既存の単位って、ここまで社会が成熟してしまうと
「ちょっと色々と大きすぎる」と思っていて

時間、人材、会社の意思決定、技術や権利、ビジネスモデル、、、、
もうあと一段階砕いて「モジュール化」したほうが色んな局面で正しくフィットするなと。

これは前述のエンジニアTYPEの記事で、語られているエンジニアのチーム組成の発想に近いです。



■おいしく食べるなら、無理やり口に押しこむんじゃなくて、ちょうどいいサイズにカットしようか

既存のサイズが大きすぎてフィットしないものって、見渡すと世の中のニュースになってるものもある。

例えば、企業同士が業務提携しましたとか、国や行政が新しい仕組みを取り入れようとする時とかに、あまりその後の展開がうまくいかない、少なくとも提携した時にお互いが描いてたプラスのイメージには至ってない、みたいな話って

双方の意思決定とか、その裏側にある懸案事項とかが
「融合させようとした時に大きすぎるからうまくハマらない」
ってケースが結構ある気がしてます。

互いの強みを持ち寄って、、、って最初は言うんだけど、
適切なサイズに砕いてないからパズルのピースを嵌めようとすると角が当たって入らない。
みたいな。

「大きいもの」
(大企業とか、国とか、大規模な研究機関とか、世界的な投資会社とか、500万人以上が暮らしてる都市とか)

を「大きいもの」(大企業とか、国とか、大規模なああもう以下同文)

と融合させ、発展的な何かを生み出す時、
パズルのピースが嵌らなくてダメでしたー!じゃなくて、
どうにか実現に持ってくには

大きなビジョンを持ったカリスマ人物も、
大きな意思決定や執念のような実行力も大事なんだけど
それを支える機構・原理の部分は、実は現状よりも小さい単位で結合されてるんじゃないかな、と思うのです。

マシンに組み込まれている小さなパーツやモジュールは、
一応2015年現在において、役割を果たすだけで自ら思考しないんだけど
(10年後は知らん。あーこの話がこの文章の中で実は一番やべえな)

このモジュール部分が機械じゃなくて人間である場合、
パーツ自体が思考して相互関与し、うまく大きなマシンを駆動させるための役割を果たすことができる。
これを実現するためには、仕組み的な話も前提にあって、

・プロジェクト管理における細かいタスクのチケット駆動型とか
・関与する人たちがリモートワークで個々の役割を果たす素養とか
 (secualプロジェクトはほぼ全てリモートのやりとりです。)
・参加してる人たちが当事者意識を自然と持つ仕組みとか
・それを実践できる契約形態や意思決定

まあいろいろあるんだけど

サッカーの本田じゃないけど、まずは個なんだよな。
フリーランスなのか会社勤めなのか学生なのか海外在住なのか、とかどうでもよくて機会が来た時に実践する気が本当にあるのか、とか

面白い話があった時に、提示する契約形態や、提供できる話やノウハウ、自分に負担を掛けないバランスの取り方、が出来るのか出来ないのか。


社会が未成熟な段階では、
基本的にマクロのグラフは右肩上がり、もしくは伸びしろのある状態なので「昨日までうまくいってたやり方」を今日上手に実践する、という方法でやれるんだけど


社会が成熟して、成長曲線が頭打ちになった時、
昨日までうまくいってたやり方の中から
「そのままでは今日以降もう使えないもの」と
「その中から本質的な原理だけ抜き出して、一見形を変えて今日以降も活用するもの」
をうまく分類したり、


仮説検証とかPDCAサイクルとか呼ばれてるものも
「思ったサイズよりもう一段階」砕いて、
スピード早くプロセスを進ませるやり方とか(これ、リーンって呼ばれてる手法なのかも)

そういうのを考えながら、とりあえずsecualもアスタミューゼもどちらも未来に対して重要なポイントを突こうとしてるプロジェクトなので、
うまく自分をモジュール化しながらやってこうと思います。

なので、これからもみなさまよろしくお願いします。
あと多部未華子マジでなんであんなに色っぽくなったのか誰かおしえて下さい。


以上

2015/08/31

技術革新で、より自分の内側にある倫理・宗教観と向き合うことが必要、みたいな話


 僕は基本的な考え方として、「技術の革新」ってのは、生物が常に進化を希求するのと同じで、人類におけるかなり根底にある欲求なんだろうなと思っている。
 そして、それは停滞するより進んだほうが俯瞰で見たときのメリットが大きい、と思ってます。

 と同時に、このエントリーのタイトルに付けた事がずっと気になっていて、最近だと人工知能関連の話題に絡んで特に似た着眼点のものが多く、「後々の自分のためにも、一回なんか明文化しとこう」と思って書きます。


一番わかりやすいのはこのあたりかな
「悪魔を呼び出すようなもの」イーロン・マスク氏が語る人工知能の危険性 --ログミー
http://logmi.jp/69130
ホーキング博士「人工知能の進化は人類の終焉を意味する」
http://www.huffingtonpost.jp/2014/12/03/stephen-hawking-ai-spell-the-end-_n_6266236.html


 人工知能や技術の進歩によって、無くなる仕事の話題も多い。
週刊誌で「あなたの仕事は10年後、機械に奪われる」とか。
「もう、あのめんどくさい仕事は機械に任せてやらなくっていいんだって!いえーい!」じゃなくて、なんか悲観的なやつ。

 いまの仕事は、業務を通じて自然に「脳にコンピューターを入れて電脳化しちゃう」とか「寿命という概念を無くす(簡単にいうと不老不死)」みたいな事を大真面目に研究してる人たちがかなり多く、しかもそういう研究は全然「夢のまた夢って感じでもない」ことを知る機会が多いです。

 最近お話を伺ったり、執筆手伝ったりした
これ
http://astavision.com/contents/interview/894
とか、これ
http://wired.jp/innovationinsights/post/analytics/w/digital_halth_care/
も、腸にウェアラブルデバイスを装着することでの医療の進化とか、対面で診察しなくても治療や診察ができる話が、ごくごく自然に真面目な議論として挙った。


 僕が思うのは「大きく時代がアップデートされる時って、それまでの常識や倫理観や宗教観に対する揺さぶりが強烈で、それは人工知能によって無くなる職業の話とかよりも、大きなインパクトじゃないか」と。

 しかもそういう変化って、一度人類が経験してる気がしてる。
世界史でいうところの【中世から近代への移行期】って、ちょっと似てたんじゃないかなと。
(※僕が個人的に世界史とか日本史好きすぎるだけかもしれん)


 数100年くらい前まで、アメリカ大陸ってのは当時の最新学問でも発見されてなくて「あそこ西側にあるインドでしょ?」って信じられていて、
この世界は「天は動いてなくて、地上が動いてるんだ」って言う人が異端扱いされてた


 その後グーテンベルクが「活版印刷技術」を発明し、それまで蓄積した最新&最高峰の知識を世界中に配布することが可能になって、ボローニャに世界で初めて大学ができて、そのうち「やっぱ天じゃなくて地上が動いてるんじゃね?」ってなって、18世紀についに「産業革命」が起きる。


 数百年分の歴史を乱暴に4行で書いたけど、この間ってもう混乱しまくってた気がするんですよ。
だってそれまでの常識が「ちょっとズレてました修正します」ならまだしも
「なんか全然違いました、むしろ逆でした」とかってなってたわけで、その途中では「魔女狩り」なんてものも大真面目に行われていた。


 しかも、当時の技術とか理論ってのは、あくまで「世の中がどうなってるのかを解明する」ためのものが中心で(自然科学)、世の中にあるもの自体を変える技術ってほとんど無かった。

 20年くらい前に、クローン羊のニュースが世界で話題になった時は生命の倫理感についていろんな議論があって、遺伝子について研究する人を本気で「神を冒涜する者」と思う人もいる。

 基本的に新しくて実用的な技術を手に入れると、みんな熱狂すると思うんです。
いわゆる「大航海時代」みたいな何かフレーズがついて、次はこっちだ、行かないやつは置いてかれるぞ、我先に新しい領域へさあ行こうって。


 でも、新しいものや理論が世の中に出る時って
【新しいものは、常に、古い言葉で表現される】じゃないですか。

 馬力(ばりき)って言葉は超わかりやすくて、
蒸気機関がこの世に誕生した時、そのパワーを表すのに「荷を引く馬が発するパワー」で表現してる。
馬の動力に取って代わるものを馬の動力で説明する。そうしないと、伝わらなかった。


 たぶん言葉だけじゃない、言語化できないレベルでの
「違和感がある、なんか嫌だな」
「とてつもない可能性を感じる、これが新しい真理だ」
「これって、なぜかわからないけど、触れてはいけないものな気がする」

という感覚って、古いもの(それまでその人が培った社会通念とか、本人も認識してなかった自分の内側にある宗教観、親や身近な周囲を観察することで自然に根に付いた倫理観)で、どう捉えるかが変わる。

その時、そういう内側にある何か、との対話が大事で
それが出来ないと周囲の情報に振り回される。


このブログ読んでる人、たとえばどうすか?
3年後、5年後ってことはないだろうけど、自分がいまより年老いて、体の具合もいろいろしんどくなった頃

・新しい技術で、平均寿命が180歳になったって!よかったねまだまだ生きられるよ!

・高校生の息子(娘)が、生身の人間ではなく人工知能を好きになってしまった。

・「よかったわね、(あなたの)今回の病気は体の内部を80%人工機器に移管すれば、治るって」

・いま食べてるレタス、あなたが子供の頃に食べてたレタスとは、元の物質が違うらしいよ。ああでも心配しないで、効能とか味とか体への影響は、全く一緒だから。

・孫が新卒で就職する会社、業界のリーディングカンパニーで、社長と直属の上司はロボットなんですって。


って。普通に日常で起こる感じ。

時代が大きく動く時って、ちょっと一瞬でいろいろ判断つけたり感想持ちづらいこといっぱい起きるし、それの繰り返しを人類の歴史と呼ぶところもあって。

その時代に何を思って、身近な人に何を伝えて、どう関わるかって、ただただ「わくわくします」では片付けられないことがあるなあ。と


色々ひっくるめて面白くて大変な時代だなと
(とりとめないけど、これで終わり)

2015/07/30

寄稿した時のウラ話と、境界線上が大事って話

先日、色々と縁があって「Wired.jp」の中にある「INNOVATION INSIGHT」というコーナーに「ビッグデータとIoTの時代に「デジタルヘルスケア」はどう変わるか」という文章を寄稿しました。
※メインの執筆は川口が担当して、僕は執筆協力っていうポジションですが。

このエントリーは、その時の裏話を職場でしていたら「面白いですねー」って言われたんで、ああ面白いのか。じゃあブログにでも書いてみるかって話です。
あと、あの文章通じて何を届けようとしたのかっていう話を少し。

■寄稿のきっかけ
先日、仕事絡みでWired日本版の若林編集長にインタビューさせていただく機会がありまして(その時の内容はこちら
半年ぶりにお会いして、インタビューが始まる前に「そういえばいまどんなことしてるの?」って聞かれて、事業内容を説明したら「へーそういう知見持った人が分析してるんだね、面白いね、INNOVATION INSIGHTってコーナーあるんだけど寄稿しない?」って声を掛けられました。

去年、日本経済新聞にワールドカップ直前だったということで「一流サッカー選手のスパイクに秘められた最新技術」というのを寄稿してたんで、似た感じの座組みでできるかなーと引き受けました。


■なんで執筆テーマを「デジタルヘルスケア」にしたのか
「このテーマで書いてください!」みたいな指定が無く、書きたいテーマをこちらで決めていい。って事になり川口と「何にしますかねえ」って軽く打ち合わせしました。

最初は色々と候補があったんです。
「未来の都市がどうなるか」とか
「モビリティ技術の進歩の先にある”移動”という概念の変化」とか
「人口100億人時代の食糧はどうなる」とか。

ただ、15分くらい打ち合わせした時「ヘルスケア」が一番盛り上がったというか、話題がとりとめなく広がったんです。

センシング技術、VR、遠隔とかテレマティクス、ビッグデータの活用、ああこれいくらでも話せちゃうねって。

領域横断的で「これからのイノベーション」にピッタリだし、寄稿依頼を受けた時点で他の人が似たテーマを書いてなかったし、
何より、老若男女問わず健康や寿命って身近なテーマだから、読む人に興味を持ってるもらえるかなーと。


■短編小説を頼むと、毎回大河ドラマの脚本みたいなのを書いてくる
メインで執筆した川口は、僕よりはるか年上で、バイオと薬学の博士号を持ち、今もハーバード大学の研究チームと仕事してたり、過去に論文とか出版物への執筆実績もたくさんあって。

だからこそ、仕事においては心強いんですが、毎回大変であると同時に面白いのが
「笑っちゃうくらい完璧に仕上げてくる」んです。

最初に「できたよ」ってもらった原稿、文字数8,600文字。
しかも、中身は完全に論文口調。
記述内容に対する出典とか論理展開とかも完璧。

いやWIREDですよ川口さん、Nature(ネイチャー)じゃないっすよって言いそうになった。
文章の出だしが「厚生労働省は、2014年に~」で、あれ?俺いまウェブメディアの原稿書こうとしてるんだよな?NHKスペシャルじゃ無えよな?みたいな気分になった。


、、、んー。
そりゃ、「文字数は2000文字以上なら上限ないですよ」って言われたけどなー
なんだろうこれ、「曲作ってよ」「うん、じゃあ来週デモテープ持ってくるわ」
つって、次の週「コーネリアスの”FANTASMA”」がCDで届いた感じというか


■本当は書かれるはずだったけど、あえて外した「2つの話」
で、ここからが僕の出番。
その8000文字超えの論文をひたすら分解して、砕いて、キャッチーな言葉に置き換えて、興味が持てそうな文章を考えてそれを手前に丸々くっつけて
(※出だしの”近い将来〜(中略)の未来を予測したものです。の辺り)

もうこれリミックスじゃん。

で、とりあえず出来たかなーって送ってみたところ、
編集さんから「こことここ、専門的すぎるから言い換えてor削っていいですか?」って30箇所くらい赤入れされて。
※こういうやりとりして毎回思うのは、編集って大変だし凄い仕事だなと思う。今回も相当助けられたというか、編集して頂いた方の尽力無くしてあの仕上がりは無かったです。

まあそうよね、そりゃ指摘するよね。というか本当にごめんなさいって気分で再修正。


で、完成したのがあの文章なんですが
実は、最初のバージョンには含めてたけど、最終的に外した2つの話題があって
そこは「読む人に一番届けたかった部分」なんです。


1)色々と技術革新が進んでるって言ってもさ、実用化されるの?制度とか規制とかあって結局ちゃんと私たちに提供されるものなの?

2)体の中に技術が入ってくるのって、なんか不思議な気分。現在の倫理観とか宗教観からみて、ちょっと抵抗あるような話もあるんじゃない?なんか怖くない?


上記2つの話題、初稿段階ではちゃんと触れられているパートがあったんですが
編集さん側とのやりとりもあって、最終的に外す判断をしました。


問いが先に欲しいなって。

「ちゃんと書かれてる」ってことは「現時点での答え」を詳しい人が提供しちゃってるなって。

僕はヘルスケアについて特別造詣が深い人ではないです。
というか持ってる知識は普通の人とたぶんそんなに変わらない。
だから上記2つの疑問というか疑念?が浮かぶ。

じゃあ、読む人にもそれでいいやっていう判断。


公開後、NewsPicksに取り上げられて結構幅広い人がコメントしていて
ああ、問いを持ってくれた人がちゃんと居てくれたーよかったーと思いました。

すごく専門的知識を持った人も、あんまりよくわかんないけど気になるから言及した、みたいな人も両方いたことが嬉しかった。その両側に届かなかったら俺いる意味無いしなーと。


■「詳しいやつ」が知ってる話を「知らないやつ」に届ける事がしたい
最近、薄々感じていることがあって

多様性とか領域横断が大事な時代になってくると
「両方に出入りしてる奴」「ちょうど境界線上に立っている奴」って重要になってくるんじゃないかなと。
寄稿のきっかけとなった若林さんのインタビューにも出てくる話(ファッション×IT)です。

何より「そういうポジションが心底楽しい」と感じる人がそれやるべきなのかなーと。
これは普段担当している事業の設計とか方針にも、なるべく入るように気をつけてる要素です
(まだ至らない部分の方が大きいけど)

■もっとそういう人が増えるべき、とけっこう真剣に思ってる。
誰でもできることだと思うんです。

専門的知識をフル稼働させて、8000文字を超える論文書くのは、今から「楽しいし必要だからやりなよ」って言われても万人にできることじゃない。

仮に今から始めても、その道10年20年でやってる専門家と比較して「自分がやる意味」って見出しにくい気がする。


でも、高卒で、売れないミュージシャン崩れで、20代後半になってやっとバイト先の延長線上で社会人になれたような人でも、
バリバリのアカデミック領域で生きてきた人の知識を、「この部分わかりづれえから、もっとキャッチーにしたほうが広く届く気がする」って翻訳することはできる。

「よく知らないこと」や
「よく知らないけど、凄く興味はあるんです!」が
最大の武器になる。


領域が横断するってことは「横断を促す存在」が必要で、ネットワークを「dot(ドット)」と「nord(ノード)」に分類すると、点も大事だけど繋ぐ線も同じくらい大事だよ、という。
※すげえハイレベルな人になるとどっちの役割も果たす、みたいな人いるけどね



ここ最近「波多野さん、何か難しいことやってますねー」って言われることがたまにあって
そのたびに「うわーくそーちくしょー」と心の中で思ってて

「波多野さん、(何だかよくわからないけど)何か楽しそうなことやってますねー(自分もやりたいなー)」って言われるほうがいい。
たぶんそしたら俺、「え?興味ある?やろうやろう」って言うと思うし。


、、、、、あれ。なんの話書こうとして書いたんだっけこの文章。


あ、途中に出てきた「技術の進歩の先にある倫理や宗教観とのせめぎ合い」については後日別エントリー書きます。

◯8月31日追記◯
上記の、「後日別エントリー書きます」の件を書きました。こちらからどうぞ↓

技術革新で、より自分の内側にある倫理・宗教観と向き合うことが必要、みたいな話