2015/06/29

ルイス・フォン・アーンのCAPTCHAプロジェクトと、クラウドソーシングの本当の可能性


ルイスフォンアーンのCAPTCHAプロジェクトの話って、あまり知られてないのかな。


この間、打ち合わせしてた時に話の流れでCAPTCHAの話をしたんだけど「へえー」って感心されて、それがちょっと意外だった(はいはい、何か聞いたことありますー的なリアクションを想像してた)のと、あのプロジェクトの「仕組みの美しさ」を自分用の備忘録として書きます。


◆CAPTCHAってなに?
ここで詳細を書くよりも、wikipediaのページを読んだほうがわかりやすいし詳しいのでこちらを。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/CAPTCHA


アレです、ネット上で何かの登録するために申込フォームに入力してると、一番最後に文字が「ぐにゃーっ」と曲がったのが出てきて、この文字を入力して下さい。ってでるやつ。


それを打ち込む事で「私はロボットでできたスパムでは無いですよ」って事を認証するあの仕組みです。

これを作ったのが、当時カーネギーメロン大学にいたルイス・フォン・アーン達なんですけど、あれって

<課題>
・ネット上のスパム行為(ロボットで巡回して自動でメール送ったり)をどうにかしたいなー

<解決アプローチ>
・ロボットじゃ無理だけど生身の人間なら誰でもできるプロセスって何かないかな
・勿論、その場で完結できる方法(ハガキを送って返送、とかじゃダメ×)
・仕組みがバレても易々とプログラムで突破されて無力化しないもの

となって、
<この時点での結論>
・人ってちょっと汚く書かれた文字を画像で出されて「これって何て読む?」って聞かれても楽勝で読めるよね。だけどプログラムだと無理だよね。よしこの方法でいこう。

\         /
「CAPTCHA誕生」
/         \


んで、この仕組みは一般的に普及したんだけど、多分大半の人がこの仕組みを見た時「手続き上必要なのはわかるけどさあ、入力めんどくせえなあ、文字も読みづらいし」って思った気がすんの。


俺は思った。たまに読みづらすぎて入力ミスるし。


実は同じ事をルイス・フォン・アーンも思っていた、というかこの仕組みのせいで
「画像の文字読んで入力するっていう”新しい手間”をこの世に産んじゃったなー」と思ったらしい。


◆「手続き上しょうがない手間」じゃなくて「活用するリソースにしちゃおうぜ」

彼は、この「ちょっと崩れた文字でもだいたい読める」という当たり前の事象を「なにかに活かせないかな」と考えた。
当たり前の事象を凄いやつが捉えると、世の中にある課題にとって「とても素晴らしい解き方」になる。


<解決アプローチ>
・入力フォームに生身の人が文字を入力するたびに「この読みづらい文字はこう読むんだよ」のデータが収集できる

<世の中にある課題>
・なんか、読みづらい文字だけどその読み方がわかると世の中にとって「いいもの」ってなんかあるっけ

・あ、世界中の図書館にさ、電子データにして後年に残すべき文献って腐るほどあるよね

・でもさー全部をアルバイトさん雇ってデータ入力の仕事にしたら、膨大な時間がかかるしお金もかかるよねえ



「(あっ!)ピコーーン!」


◆古い文献を画像データにして、それを「この文字何て読む?」って世界中の登録フォームに入力してもらったら、有効な電子データがどんどん生成されるじゃん!

これが、後にグーグルに売却された「ReCAPCHA」の仕組みです。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/ReCAPTCHA


実際、ReCAPCHAはニューヨークタイムズの膨大な記事アーカイブのうち20年分を約3ヶ月間くらいで電子データにしちゃったらしい。
でも僕はこのプロジェクトの本質は「電子データを生成する速さ」じゃない別のところにあると思う。


◆ルイスフォンアーンはクラウドソーシングの天才
ルイスフォンアーンは今はDUOLINGOという語学のスタートアップを起業していて、
この間もWIREDに取材が掲載されていた
その時のタイトルが、クラウドソーシングの天才・ルイスフォンアーンというもの。


そうなんだよな、このプロジェクトの凄いところは「発注されてもいないのに、参画している意識も本人たちには無い、それなのに世界中の人がプロジェクトに参加して目標の達成に向けて動いているところ」なんだよな。



いきなりバカっぽい例え話になるんだけど、このブログ読んでるみなさんって人生で一度くらいは「このいま漕いでいる自転車のペダルがなんかのエネルギーにならないかなー」とか
「やべえ、ノートパソコンの充電切れちゃう。このタイピングの打撃エネルギーでバッテリーがちょっと長持ちになったりしないのか!?しないよな」
みたいな

日常のなんでもない作業が、もっと何かに活用する仕組みにならないかな、みたいなこと考えたことないですか?

僕はいつもそればっかり考えてる。(いつも、は言いすぎだけど)


世の中、クラウドの仕組みとかシェア文化とかで色々実現できることも多くなったし、技術の発展も目覚ましいんだけど、なんだろう個人的に釈然としないのが

・クラウドソーシングもクラウドファンディングも、結局ギブ&テイクの間口が拡大した話で本当に「一体どこから?!」みたいな仕組みじゃないよなーとか

・周囲の共感を得て協力者を募ったり、ユーザー自身がコミュニティを運営する的なサービスも、「長くいるとそいつが居場所を主張し始めて、サービス側にとって悩みのタネになる」とか

・「これだけ素晴らしい活動がある!広めよう!参加しよう!」みたいなのって、結局誰かのリソースの犠牲があって、その上に成り立ったりしてるだけだな

とか、なんかそういうことを人からいろんな話を聞くたびにモヤモヤすることがある。

ギブ&テイクが明確すぎるものって、お互いの信頼関係でなあなあでやるか、ガッチガチに契約でやるか、まずは共感とかマインドとかありきで盛り上がる時はいいんだけど、継続性に欠けるものだったりする。


CAPTCHAに文字を入力したことのある人ってさ、自分が入力した文字がどの古い文献のどの部分の電子データになるのに活かされたのかとか、たぶん知らないし興味ないじゃん。

「えっ!そんな事に使われてたの?だったら入力した俺にもなんか報酬よこせ!」ってならないじゃん。
(言うやついるかもしれないけど、少数派だよな)


自分がいま関わってつくろうとしているプロジェクトとかも、もちろんクラウドソーシングで仕事してもらってるし、「共感頂いて協力してくれる人達」のありがたさとか、素晴らしい活動だって言ってくれて俺がいないとこでも広めてくれる人いて、それは本当に感謝してるのですが


なんか、こういう仕組みでやるべきだと思うのだよな。
悩みがあって、それを解決する人が解決して、はいリターン(報酬)です。じゃなくて


課題を解決するってことは、大体別の課題を生み出している。
それを課題だとか「しょうがないよね」ってするんじゃなくて、「あれに活かせちゃうじゃん」って別のものに繋げる。

ブログにまとめながら、こういうことを考えて色々取り組もうと思った次第。

2015/05/17

科研費とか企業の研究開発費について、気になったことを聞いたらITの歴史とかの話になって面白かった

僕はいわゆるアカデミア(学術・研究の世界)出身ではない。

ただ、いまは仕事柄企業や国がどれだけ投資をしたかとか、研究をしているだとか、どんな成果が出たかみたいなことについて自然と情報が入ってくるので

自然とアカデミアとは何なのか、アカデミアが果たす役割とは、刷新されるとしたらどういう姿であるべきか、みたいなことを考えるようになった。

以前一緒に働いてた児玉さんは、親父さんも含めてバリッバリのアカデミア出身でたまにご飯を食べると色々おもしろい話が聞けるので感謝している。
なんとなく、彼も僕のことを面白がってくれているフシがある。


で、こないだ見かけたニュースで「ふーんそうなのかー」と思いつつ浮かんだ素朴な疑問を
児玉さんにfacebookチャットで聞いてみたら

「なんかこれ、俺だけが聞いてるの勿体無い話だなー」と感じたので
本人に許可取ってブログにアップしました。


<以下、チャットのやりとり>

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-- お疲れ様っすー。ちょっと児玉さんがどう思ってるか聞いてみたいなって話があるんすけど
日立が研究開発費を年5,000億円にするっていうニュースがあったじゃないですか。

日立、研究費に年5000億円 人工知能やロボット向け 16~18年度3割増
日本経済新聞 電子版
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDZ07HZ5_X00C15A5MM8000/

はいはい、ありましたね。

-- このニュースに限らないし、今に始まったことじゃないけど、日本で研究開発に大きく投資してる企業って大体年間3,000億円とか4,000億円って規模の予算で
一方で文科省の科研費ってのは、直近でも年間2,000億円台じゃないですか。

※参考リンク
科学研究費助成事業-科研費-をめぐる最近の状況等について(PDF)
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/science/detail/__icsFiles/afieldfile/2014/09/12/1351769_01_1.pdf

そうですね。

-- 日本に限らず、「国からつく予算」よりも「1民間企業の研究予算」のほうが大きいという事実を
アカデミアの人というか以前の児玉さんも含め、科研費によって研究できている・科研費を取るために動いている人たちはどう受け止めてるもんなんですか?

なるほど。僕は自分の体験含め日本の研究者の感覚しかわからないですけど、まず大学や行政法人の研究者なんかは企業の研究と科研費などでやる研究を全く別のものだと捉えていると思いますよ。

企業の研究というものは営利活動に繋がるもので、科研費で行う研究はもっと公共的なもの・そしてそれがより「高尚」なものだと思っています。
ただ、当時の僕自身を含め、企業からの研究費を重視する研究者はいましたけど。

それでもアカデミアの研究者のゴールは、産業に応用するというよりは、論文を書いて学会に貢献することなんです。
このあたり、企業と研究者のゴールがずれてしまうことなどもよくあります。

企業に所属する研究者は、今後論文や特許数なども業績ベンチマークになりますからそういう活動もがんばるんですが、やはり事業貢献するという前提はありますね。

-- ほうほう、いまの話で素朴な疑問なんですが、「科研費などの研究は、公共的であり、そして高尚なものだ」という思いって
のちのち民間企業に勤めたりする中で、やはり正しい定義だなーって思います?それともなんか言い方変になっちゃうけど大学を通じて植え付けられてしまう「変な意識」だったなーとか思います?

僕が思っていたのは、理学部とかの基礎研究は、「高尚な研究」「ためにする研究」でいいと思うんですよね。

-- なるほど

ただ、例えばユーザーインターフェースだとか、工学系の応用だとか、そういうのは基礎研究じゃなくて応用研究ですよね。
実用的なものに繋がらなければいけないもの。

応用研究で、論文書くためのためにする研究の結果として、実用性の無いものや役に立たないシステムが量産されてる、ってのは否定出来ないと思うんです。
本当に実用性を追求する、という目標からの逃げというか。

-- んー。それは科研費みたいな予算が、基礎研究的なものに投じられるのは営利目的の企業には出来ない領域だから大事、
だけど実用性・応用研究的なものに科研費が投じられるのはどうなのか?みたいなことも含んでます?

いやいや、科研費が投じられるのが正しいのかどうかってのはまた全然別の問題だと思ってます。
応用研究でも実用性や営利にとらわれない、自由な研究があってしかるべき。と思いますし
一企業に根ざさない、公共のものにも実用的であることは求められるじゃないですか

-- たしかに

ただ、その結果として結局は「市場の中で揉まれないと、市場で勝てるものはできないな」という当たり前の結論には至ってます。
市場で勝つっていうのは、要は世の中の人が「実用的だ」「欲しい」って選ばれること。ここに至らないとやっぱり良い結果が出たとは言い難いのかなって。
それはいま自分がどういう仕事をするか?の背景に大きく影響与えてます。

-- なるほど。ちなみにさっき企業の研究は営利活動って話があって、それは当然なんですけど
一方で、世界的な大企業、アップルとかグーグルとかGEとか、、、、ってもちろん根底には営利目的ってのがあるけど、
もはや目線が公共的というか、自分たちで実現できるものの規模感がちょっとした国家レベルにあるじゃないですか

そうですね、そうです。

-- そうなるとね、素人考えですけど必ず国から予算が下りるという仕組みのアカデミアではなくて、
もう少し民間主導アカデミア、みたいなものがガツンと大きな規模であってもいいのかな、とか考えたのです。
もう基礎研究もがんがんやるよっていう。

ほう

-- 超アホみたいなたとえ話しますけど、グーグルが本気で月に人を住まわす世界をビジョンとして掲げました。月にどうやったら人が住めるかについては基礎研究だろうがなんだろうがグーグルが研究費と施設まかないます!とか言っても「すごいな」と思うけど別におかしくはないよねーと。

あー、その話に関係しそうなんですけど、今わけあってITの歴史について結構深く調査をしてるんです。

でね、改めてIT技術の開発の歴史というものを紐解くと、技術開発を担ったのはSRI(Stanford Research Institute)とか、PARC(Palo Alto Research Center Incorporated)とか民間研究機関なんです。

ただし、お金の出所はARPA(※高等研究計画局、DARPAの前身)。
この時点じゃ基礎研究フェーズなわけですよ。

そして後年実用化した段階ではやっぱりAppleとかGoogleとか、純粋な営利企業がそれを担っている。

アメリカの場合には、軍事予算が、わりとフリーハンドでチャレンジングなテーマに使える大きな資金を提供する、それの受け皿になるのが、SRIやPARCやベル研みたいな民間研究機関。
インターネットとかUNIXとかGUIとかオブジェクト指向とか、今日も世界中で使われる本当の応用技術が生まれるのはこういうところだなと。

で、そこで生まれた知的財産を事業化すると、はいAppleやGoogleのような巨大ビジネスが完成です。と。
こういう流れ。

-- はい、すごいわかります。

僕がいまやってる事業も、規模は小さいけどSRI/PARCみたいな感じとして位置づけてて
応用研究に予算をつけて、受託する、実用化の細かいところは事業会社に委ねる。

もちろん本当のSRI/PARCをやるためにはもっと資本がいるんですけど
その部分がないなーと思ってやってます。その領域のちゃんとした担い手が国内に必要だ、って。

-- そういうことって、他に考えてる人たちっていると思います?

国内で一番近いのは、理研じゃないですかね。
藤井先生がVRの実用化に取り組んだりとか

-- さっきね、アメリカだとフリーハンドで長期的な大型予算がつける土壌がある話してましたけど。日本ってそうじゃないじゃないですか。
そういう土壌が出来てない理由ってどう思ってます?軍事予算の話もあるだろうし、他に国民性とか文化的な背景とか、過去の成功モデルとか、いろいろあるでしょうけど。

まず当然ながら、軍事予算が大っぴらにつけにくいってのがありますよね。
軍事予算は、大きな予算をつける言い訳が立ちやすいですから。

-- 国としての存亡を賭けた本気の投資理由(軍事)ってことか

ですです、次に財政面の危機ですかね。
3つ目に、これはITに関連するところですけど80年代の第五世代コンピュータープロジェクトが大コケして大規模な国家プロジェクトへの批判が高まったとか。
まあこの辺りが背景なんじゃないかな。

-- それって、なんか日本がダメって話だけじゃなくてアメリカが凄すぎるよ、みたいな話に感じる。

それはそうです、あれだけの戦略的投資をITや人工知能にやってるのはアメリカ以外ではイスラエルくらいじゃないですか?
イスラエルも、やっぱり軍事的な背景が色濃いかな

-- イスラエル凄いですよね。なるほどなー。超参考になりました。

歴史を色々振り返って改めてこういう構造全体を理解しないとな。と自分でも思いました。

-- なるほどー。あのー。このメッセのやりとり、凄い面白かったのでブログに書いてもいいすか

全然いいですよ、いつも公言してることですし。
まーこういう話ならご飯とか食べながらいつでも。
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以上です。

興味深い話だったなーと思いつつ
別に児玉さんが全ての事象を把握した上で世界一正しい話をしているとかも思わない。

このエントリー読んだ人も「超参考になるな、なるほどそうなのか」って思う人も
「全然判ってない、要因はそこじゃないんだよ」って思う人も
「いまさら何の話をしてるんだ、そんなことは昨日今日始まったことじゃあないんだよ」って思う人もいると思う

見解ってのものは世界中でバラバラだから世の中面白いんだろうしどうとってもらってもいいと思ってる。

ただ一つだけ言えるかなって思うのは、これは「今日を作り上げた話(の1つの見解)」であって
未来もそうある、絶対にそうなる、みたいな話は1つも無いんだ。ということ。

今日ないものを明日実現しようと思ったときに、
過去に縛られないことと、過去を自分なりに知ろうとするプロセスは両方大事で

そもそも国なのか民間なのかとかの二元論や「べき論」よりも、
ビジネスや投資やアートの世界とどう接続性を生じさせるべきかみたいな話のほうが大事な気がしてる。


自分に関係ない話だな、って思った人はそれで全然いいと思うけど、
一方で、自分の身の回りのあらゆるものにこうした背景があるんだなって興味を持ち
昨日までは遠い話だったけど、自分も自分なりの関わり方ができるのかな?って思う人が一人でもいたら

その人に「僕はこの間こんな話を聞いたよ」って伝えたいと思ってこのエントリーを書きました。


★以下6月28日追記

上記の文章を書いたあとに、大学で産学連携に取り組んでいる人だとか、企業で新規事業・投資をやってる人とかと、似たような話をした結果、2015年6月時点での僕の結論が出た気がするので追記しとく。

キーワードは「儲けちゃおうよ」です。

なんかさ、素晴らしい研究を世に送りだすことは「大事だ」とか
日本がもっと元気になることは「大事だ」とか
イノベーションを支援していろんな課題を解決することは「大事だ」とか

世の中色々大事だって言われてることはあるんだけどさ

一番いいのは、「大事だってことに取り組んでたら、ほうらこんなに儲かっちゃいましたー」だと思うのよ。

再生医療は大事だ!っていうんじゃなくて、再生医療は儲かるよ!

研究者の支援は大事だ!って声を大にして言うんじゃなくて「研究者の支援は儲かるよ!」
とか。

「イノベーションの支援って超儲かるよ!課題を解決するって超儲かるよ!」

これ。

儲かることなら、投資が集まるじゃん、人が集まるじゃん、資本主義は色々瓦解しそうな匂いもするけど(この話長くなりそうなんでまた別で)、でも
「儲かることの証明」って凄く大事だと思うのよ。


「儲かるだけ」じゃダメだけど。いや人それぞれだから別にいいけど俺は「儲かるだけ」の話がぜんぜん興味沸かないから。


スタートアップの投資家向けピッチとかも結局「儲かる&意義がある」だし
特に俺みたいにプログラム書いたり得意な研究領域持ってたりするタイプじゃない、何かの強みを持ってるわけじゃないけど、プロジェクトを進めたり外に広げる人は

「超儲かっちゃう。もういやんなっちゃう」って言う証明をするのが大事なのかなと思ってます。

よし下半期何やるか決まったなこれ。

2015/04/27

恵比寿で謎のメンツで食事会をした話&それを通じて感じたこと


先週、恵比寿で飲み会というか食事会みたいなことをしました。

元々、今年の初めに日本科学未来館に伺った時そこで働いている科学コミュニケーターの方とか、
ちょうどNHK NEXTWORLDの展示をしていてNHKエンタープライズの方とかと知り合ったのに、その後「またお食事でもいきましょうー」と言って数ヶ月経っちゃってたんです。


そういや他にもそろそろご飯食べながら互いの近況話したい人いるなあ
っていうか、この人達同士繋がったら面白そうだなあ


、、、、、あ。それいいじゃん。いっぺんに集まったら楽しそうじゃん。よし、食事会開こう。というのが発端。



当日は、WIREDでライターしたり多岐にわたって活動してる江口さんや、前職で一緒だった児玉さん、NHKエンタープライズでプロジェクションマッピングとかやってて美大卒だけど人工知能に興味がある子とか、科学未来館でサイエンスコミュニケーターやってるけど以前はアフリカで教師やってましたとか、合計8人くらい、そういう謎のメンツで集まりました。

ほんとはあと倍くらいの人を呼ぼうかなとか思ってリストアップしてたけど、そんな大人数じゃ仕切りきれないなーと思ったので8人で止めた。


人選に明確なルールは決めたなかったんだけど、
未来を見据えた話が好きそうで、ただ好きなだけじゃなくて何かしらの意見を持ってそうで、個々の体験やバックボーンを元に知らない人が聞いたら興味深いなって思える話をしそうで、自分自身が仕事などを通じてそれらに関わっていそう(評論家は不要)、なメンバー



言い出しっぺのくせして遅刻して一番最後に到着するというダメっぷりを発揮しましたが
会自体はすごく盛り上がったのでよかったかな、とか思ってる。

ていうかまたちょっと違うメンバーでやりたいなって。


どんな話したか、手元のメモを手がかりに箇条書き

・放送業界におけるドローンを利用した撮影秘話というか、苦労話

・24歳の子は「PHS」が何なのかわからなかったという事実にその場のおっさんたちが膝から崩れ落ちる

・NHK交響楽団がプロジェクションマッピングとコラボレーションした話

・紅白歌合戦で、最近先端技術を導入した演目があるけど、それに対する出場者(歌手)側の反応

・AppleWatchって「直接自分の体がネット回線に接続されている」感覚になること、がスマートフォンと決定的に違う点
 それを支持するのか気持ち悪く感じで拒否するかは、装着して自分のアカウントを接続してみないとわからない

・アフリカにある小国「マラウイ」について
内陸国で、交易がなく、基本的に贈与の姿勢が強い。区分けでいうと「最貧国」だけどわりと気候がよく自分の畑でみんな自給自足できる
競争原理が働いてないので、フライドポテトの店が流行ると「お前もやれよ儲かるぞ」と隣にもポテト、そのとなりにもポテトの店、、、が立ち並ぶ。

・シンギュラリティ、AIの発達の先に見えてきそうな話として、人類はかなりアーミッシュになっていくんじゃないか
 ル=グィン著の「オールウェイズカミングホーム」のような世界。技術は人と関係なく無限に進化と発展を続け人は自然に帰るっぽい感じ。よく発達した技術が人類を抹殺するとかいう予測もあるけど、人類と蟻って共存してるし別にお互い滅亡させようとしてないよね。それと近い関係なんじゃないのという話。

・そういえば、蟻って公園とか町中で見る地上を歩いてる奴は全部よぼよぼのおじいさんなんだってね、老人が夜中に徘徊してる感じなのかね

・地球の模型に頑張ってデータ解析してリアルタイムの状況を写しだしても実は面白みに欠けるよね。
 視点を変えたり、時間の流れを変えたり、ランドマークを浮き立たせたり、デフォルメするだけでぐっと興味が湧きやすくなって、それは転じて「興味をもって学べるか」に繋がるよね

・◯◯さんのMacBookのレビュー文章ヤバいよね、文学の香りするよね。開始3行で「アティテュード」言うてるでおい

とかそんな感じの話を。詳細書いちゃうとネタばらしになるんでこれくらいで。
他にも色々話してた気がするけどメモってないや。



わりと目論見通り、みんな「ああそういう話題にはあんまり興味がないんだ」みたいな良くない意味での取捨選択してないし、児玉さんがわりとどんな話でも古典とか過去の研究とかを引用して話題に肉付けしてくれるし、個人的にはやってよかったなと思う。

翌日、参加してくれた人から「すごく自分の視野が広がる話が多かったし新しい繋がりもできて、呼んでくれてありがとう」と言われたのも嬉しかった。



最近、薄々わかっていたのだけれども、僕の周りには面白い人が多い。

というか、僕の仮説が間違っていなければ、
・世の中に面白いことをやろうとしてる人が増えてる(&諸々のツールで可視化されやすくなってる)
・僕自身がそういう「この人は面白い!」というのを検知するセンシング能力みたいなものをもってる。「一見面白そうだけど違う」人と「普通そうに見えて実はヤバい」人を嗅ぎ分けてる気がする



んで、オンラインツールで可視化されやすくなったからこそ、デジタル信号に転換しづらい「エモさ」とか「嗅覚」とか「独特の角度」みたいなもんが日に日に大事になってる気がしてる。論理的すぎて理路整然としていると「置き換え」も簡単にできちゃうんだろうなって。


僕自身は、どっぷりアカデミア出身ではないとか、一流大学~大企業コースじゃないとか、エンジニアじゃないから自分が純然たる作り手ではないとか、なんかよくも悪くも「無所属」な感じも、ああこれは弱点ではなくむしろ僕しかできない諸々のことがあるんじゃないの?って最近思ってる。


Connecting the dots大事だよね、自分の経験を重ねていこうぜ繋げていこうぜ的な話はまあ当然として、僕はなんかもっと全部繋げたいというか、地球上ぜんぶ1個の生命体として定義して、それをConnectしたいんだよな。

別に僕がなにかアクションを起こさなくてもconnectするんだけど、もっとこう「僕から見えてる凄いもの」と「それと繋がったら一番やばそうな化学反応」の確率を上げたい。脳内ではこれを「接続性、、、接続性、、、」っていいながら捉えている。呼んだ人たちも1to1で「こことここ」って考えてないけど「この辺りの領域と、たぶんこの人がもつソーシャルグラフはなんかやばい」とか思って人選してた。というかいま書きながら思い出した。



たぶんいつになるかわからないけどこういう会みたいなのを第二回、第三回とやってくつもりなんで、その時はみなさまよろしくおねがいします。

あと、僕お酒飲めないですけど「面白そうな場」に誘われたらフットワーク軽くいくんで、呼んで下さい。手ぶらじゃいきませんよ。わりと幅広く「なにかしら面白い話」しろと言われたらしますから。

2015/04/09

「作業中のBGMに奇数拍子の曲聴くと、捗るよね」が全然伝わらない問題

 これ周りに言ってもなぜかだーれも同意してくれないので、ブログに書いた。
なるべくこのエントリーが拡散されて、「あ、わかるわかる」と言ってくれる人がいてくれるといいな。


◯一般的に作業が捗る系の曲っていうと「4つ打ち」「疾走感のあるロック」とか


※選曲は適当です。


わかる、リズムに乗りやすいとかわかるけど、個人的にこういうのは
「(好きな曲なら)気分良く作業に没頭できる、でも別に捗っていない」感じ。



◯僕が作業捗る奇数拍子の曲、一例





上の曲、「ちょっと生理的に受け付けない、聞いてらんない」とかそういう感じじゃない人は、試しに作業しながら聞いて欲しいです。




、、、どうでしょうか。
(周囲に聞かすとこの時点で「???」というリアクション)





◯別に作業中ずーっと奇数拍子の曲を聴いてるわけではないのよ。







パッと思いつく限り仕事中に最近聞いてそうな曲をあげた。
どれも気分良く作業出来るし、PE'ZはBGMも速めだから作業が捗る気もするけど、実はそうでもない。


◯奇数拍子の曲がなんで(俺は)作業が捗るか、を考えてみると
 ・脳内で無意識に思っているタイミングより、一拍早く(もしくは遅く)小節が進むので、程よい緊張感がある
・これは7拍子の曲限定かもしれないけど、1拍早く次の小節に移行するので、自然にじんわり急かされている
・テンポの速い遅いはあまり関係なく、細かいノート(音符)が鳴っているかどうかが大事


以上です。



これ、なんか心理学的なアプローチとかでちゃんと説明できないのかな。
俺の気のせいなんかな。



2015/04/06

TECHNIUM(テクニウム)を読んで --元気なじいちゃんの話に半年間付き合った、 という話--



 このエントリーは、みすず書房から出版されているケヴィン・ケリー著「テクニウム」の書評。のつもりで書き始めたのですが、

なんか、読んでるうちに中盤あたりから「なんだろうこの感覚。昔ヒッピーだったおじいちゃんがずーっと”わしの考えではな…”って語りかけてくるのをうんうん聞いてあげてる感じ。。。」と思ったのでそのままの気持ちで書きます。

---
著者ケヴィン・ケリー
 ケヴィン・ケリーと言えばWIREDの創刊編集長、ホールアースカタログの出版編集をした人、元々ヒッピー。

 そういや、去年WIREDカンファレンスで来日した時の様子をブログに書いたな。
WIRED CONFERENCE 2014 #wiredcon に参加した時に取ったメモをそのまま投稿してみる )

 テクニウムは、確か去年の9月くらいに買って

「400ページかー、分厚いなー。1ヶ月くらい掛けて読むか」

と思っていたら、内容が濃くて中々読み進まないのと、10月にwiredカンファレンスが開催されて1日中ケヴィン・ケリーの話聞いてたらお腹がいっぱいになり、しばらく読むのを中断してなんだかんだで読了まで半年掛かった、という感じ。


「あ、こいつ話し始めたら止まらないタイプのじじいだ」
 ちょうど半分、第8章あたりを過ぎたところで気づいた。
ケヴィン・ケリーって今年63歳らしいんだけど、なんていうか「話し出したら止まらないタイプ」なのが文章から伝わってくる。
放っておいたら技術の話してるのに神とか美とかそういう話し始めて、本人はどんどん調子に乗ってくる感じ。

 「あ、うん。あのね、おじいちゃん。僕そろそろ電車降りなきゃいけないからまたあとでね、後で話の続ききくからさ」みたいな感じで、読んでは中断、読んでは中断で。

 読み終わったあと、気がついたら何箇所かに付箋を貼っていた。
たぶんこの付箋は「お!?じじい、いまちょっと気になること言ったな?」のリストだと思う。

以下はその付箋が貼られていた箇所から抜粋
何ページ目に書かれていたとか、どういう順番だったかは伏せます。

既にテクニウムを読んだ人は「あーそういえば、じいさんそんな話してたねえ」と思って下さい。
まだ読んでない人は、どういう話をするじいさんなのかを読み取って下さい。


哲学者のダニエル・デネットは優雅にも、「知性のデザインの歴史上、言語の発明に勝る飛躍と重要さをもたらしたものはない。ホモサピエンスがこの発明の受益者となった時、それまでの地上の他の種をはるかに超える彼方に飛び出すための発射台に立ったのだ」と持ち上げる。言語の発明は人類にとって最初の特異点(シンギュラリティ)だったのだ。


テクニウムはハードウェアや端末を生み出すものと考えられてるが、むしろ最も無形で非物質的な過程であり、その可能性はまだ解き放たれていない。


・・・次に最も大切なことは、科学は集団行動であり、知識を共有することで現れる知性は、100万人の知性の総和よりも優れているということだ。孤高の科学の天才というのは神話に過ぎない。


生命が必然的なら、魚も必然的だ。魚が必然的なら、知性はどうだろう。知性が必然的ならインターネットは?サイモン・コンウェイ・モリスは「数十億年前に不可能だったものが、より必然的になりつつある」と推測する。

ホモサピエンスは、ある傾向であり実体ではない。


この表を読めば、アイデアは抽象的な形で始まり時間が経つとより具体的になっていくことがわかる。普遍的なアイデアが具体化していくと、必然性が薄れ、条件付けが厳しくなり、人間の意志に近くなる。


・・・つまり、有史前でも後でも、違った場所に起源を持つテクノロジーは同じ進路で収束していく、と結論づけることができる。文化的環境、政治的体制、自然資源の条件が違っても、テクニウムは普遍的な経路をたどる。テクノロジーがたどる道の輪郭は巨視的には、あらかじめ決められている。


1953年にはそうした未来的な旅行のためのテクノロジーは、何も存在してなかったことを思い出しておこう。誰もそんな高速で飛んで生還できるのかわからなかった。最も楽観的な筋金入りの妄想家でも、月着陸はいわゆる象徴でもあった「2000年」より早く実現するとは予想していなかった。それより早く実現できると彼らに囁いていたのは、紙に描かれた曲線だけだった。

私も同様に、テクニウムは「テクノロジーの必要性」に導かれているということを論んじている。これは、巨大複雑系としてのテクノロジーのシステムの性質に焼き込まれており、テクノロジーはより多くのテクノロジーを生み、システムは自己保存するのであって、本来的にテクニウムを人間の欲望の外のある方向に導く。カジンスキーは「現代のテクノロジーは、各部分が相互依存する統一されたシステムだ。テクノロジーの”悪い”部分だけを外して”良い”部分だけを確保することはできない」と書いている。

彼らのモットーは「まず試して、必要なら後で止めればいい」ということだ。我々は試すのは得意だが、止めるのが苦手だ。アーミッシュの方式を満たすには、集団で止めることに上達しなくてはならないが、それは多元的な社会では難しい。

---
※引用ここまで。

400ページ分喋ってるのに最後の最後にトップギアに入れてくるじいさん

 ちょうど「あと50ページくらいで読み終わるなー。話もだんだん収束に向いてきたなー」と感じ始めた頃、一足先にこのじいさんの長話に付き合った(要は読破した)同僚が「最後の20ページくらい、すごいよ。たたみかけてくる」と言ってた。

「もう十分濃いいよwまだ畳み掛けてくるのかよw」とその場で応えたんだけど、


確かに凄かった。


 自己創造について触れている所では結構決定的な表現が出てきて、読みながら勝手に「この表現大丈夫なのかな?決定的すぎて反響がデカすぎる気がする」って心配になったし

 その1分後くらいに、僕が最も好きな漫画「ワールドイズマイン(新井英樹)」の最終話・最後のコマに掲載された言葉と”ほぼ同じ”ことが書かれていたという事に気がついて

 「やっぱヤバイだろこれwwwああもうこのおじいさん最後に言っちゃったよおいww」という気分になった。こうなるとワールドイズマインについてまた別のエントリーで書く必要があるなこれ。


一番ガツンと来た所の引用
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人類が可能なもの全てになれる人はひとりもいない。どのひとつのテクノロジーもテクノロジーの約束するすべてを体現することはできない。現実を見始めるには、すべての生命、すべての知性、すべてのテクノロジーが必要になるだろう。
このようにして我々はより多くの選択肢、機会、つながり、多様性、統一性、思想、美、問題を生む。これらが合わさってより大きな善となり、価値ある無限ゲームとなる。それこそが・・・
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 これ、最終章にあたる「無限ゲームを遊ぶ」の中から抜粋した文章で、既に読破した人にとっては「いやお前、そこ引用したらマズイだろ。「犯人はヤス」つってるようなもんだぞww」って思われても仕方ない。

 犯人はヤス、がわからない人はごめんなさい。端的にいうと「ネタバレぎりぎり」の箇所を引用したという事です。


 ここでケヴィンケリーは更に決定的なところに踏み込んでいる。
それは生み出すことの価値と、発見自体は価値ではなくそれを繋げることの価値、そして新たに生まれたものが次に何を生み出すか?の話。


解決策ってさ、生み出されるだけじゃなくて、見つかってつなげて相互接続も含むよね?
 アメリカ大陸はずーっとそこにあった、ナノサイズの物質とその作用も何百年前からずーっとそこにいた、動いていた。僕らはそれをたまたまとあるタイミングで見つけただけ。

 アメリカは1400年代の終わりに「ひゃっはー!新しい大陸で既得権益じゃああ!」ってギンギンになっていたヨーロッパの人に見つかり、
 ナノサイズの物質はここ数十年の間に次々と見つかっている。それぞれ既存の世界との繋がり方が変わり、それが新たな事象を生む。

見つかる、
それまでの世界とコネクトされ、
相互作用する。


あ、これネットじゃん
 これってパーマリンクじゃん、ハイパーリンクじゃん。
そもそもこの文章もさ、タイトル「TECHNIUM(テクニウム)を読んで --元気なじいちゃんの話に半年間付き合った、という話--」
に紐作く文章として、僕が過去に書いた文章や、世の中と接続されるわけだ。

 この文章の中に”書きながら僕が初めて生み出したもの”はほとんど無い。
テクニウムの中に書かれていたことと、僕の脳内にあって整理がついてなかった事、の2種類だけ。


話が横道にそれるけど、僕はtumblrというサービスが大好き

 その理由がパーマリンクのつけ方、世の中にどうコネクトさせるかの話。

 ネットをやってると、ひとつの文節、なにかの記事の中にあるひとつの動画やgif画像、静止画だけが心に刺さることがある。

けど、パーマリンクってのはリンク先にある全てを内包してしまうので、ノイズが入る。自分が刺さった一瞬を切り取ることができない。
このエントリーの中で、仮に読んでるあなたがとある一箇所だけに「グッと来て」リンク(URL)を紹介したとしたら、他の情報があることで「あなたが共有した理由」の情報純度は低くなる。

 けど、tumblrはそれができる。
「ここが俺の刺さったとこなんだよ!」だけでピックアップして、自分のダッシュボードに並べることができる。テキストだろうが動画だろうが絵だろうが。

 これはネット上における”表現”の面において強烈な純度を持っていて、しかもシンプル。シンプルなのに多様性を受け入れているんじゃないのか?と思うのです。

 シンプル、の点でいうとinstagramやvineやrettyとか、とある面に特化したサービスの1億倍tumblrイケてると思う。スタートアップは最小限にフォーカスして始めるはずなのに、最初っから純度の高さを保って決定的で多様性を受け入れてしかもコアユーザーを熱狂させるって、もうTumblrはメディアアートなんじゃないかなーって思う。
 デヴィットカープが当時10代だった、っていうエピソードも含めて出来すぎ。天才エピソードとして出来過ぎなんだよな。

間に合わなかった天才に興味がある
 間に合った天才が僕にとってTumblr、の一方で
テクニウム内にも出てくる話として、技術の進化が間に合わずに死んだ人の中にダヴィンチ、モーツァルトに匹敵する天才がたぶん何人もいる。

 僕は、自分のことを凡人だと100%認めた上で、天才が放つ天才的所業に触れるのが好きなんだよな。

 天才の損失は時代を前に進めるとかそういうことよりも、それに触れることの出来ない人を増やすこと、なんじゃないかなと思うのです。

 もちろん、世の中と接続されることを拒否する天才もいる、けどそれは個人的には大した損失に思えない。その理由は前述の引用した言葉の中にも内包されている。知性の総和。

あ。自分とつながってきたぞ
 僕がなぜここ数年あのプロジェクトに加わっているか?について、実は端的な説明をする言葉を持っていなかった。

 一見してわかりづらく、知名度も無いプロジェクトのため、色々説明してもピンとこないもしくは大きくズレた解釈をされることばかりだった。

 嫁の知り合いは、僕のことをなんだか小難しい事に挑戦している研究者だと勘違いしたらしい。
しかも人工知能関連の。過去のブログを読み返せば無理もないよなー。

テクニウムを読破して得られた視座や知識は色々あるけど、この説明が出来るようになった。という所が一番大きかった。

もはやテクニウムの書評じゃないことくらい自分で気がついてますよ
 これもまたどこかのタイミングで文章にまとめる必要がある。なぜ僕がastamuseに関わるのか。なぜイノベーションのイノベーションというわかりやすそうで実はわかりにくい事に取り組むのか。


あのじいさんが、それを与えてくれるために、半年間長話をしてくれたわけでは無いと思うけど。

(最後に改めて言うけど、ケヴィン・ケリーは自分の話を聞いてくれる人にノンストップで話し続けるタイプだと思う。)