2017/04/02

物欲ない僕が見つけた「一生モノだと思ったアイテム」

※あまりにもブログを書いてないので、リハビリがてら書いておく。


僕は元々、持ち物に対するこだわりがない。
洋服は着ていて楽ならなんでもいいし、
時計やアクセサリーも身に着けない。

楽器も、ワーウィックの5弦がかっこよくて意外と安い、と知れば「欲しいなあ」くらいは思うが実際には買わない。
音楽活動してた時も、DTM機材はなるべく少なく、必要最低限に済ませていた。

そんな感じで着るもの身に着けるものに一切こだわりがなかったのだが、ここ数年で立て続けに「これは一生モノかも」と思えるものに色々と出会ったので、まとめておきます。

靴「SPINGLE MOVE SPM-110 White

画像引用:スピングル公式サイト
究極の履き心地を追求した国産スニーカー、と謡っている本当にそのまま。
カンガルー皮で作られたスニーカーで、4年前くらいに偶然見つけた。

すごくしなやかで、履いてて圧迫感がない。しかも頑丈。
僕はスニーカーを買ったらひたすら一足を履きつぶすまで使うので、
大体1年くらい経つとどこかしらが穴が開いたり、皮がへたってくる。
このスニーカーは素足に近い履き心地なのにとても頑丈なので履きつぶすまで相当な年月がかかる。

あまりに頑丈だからか、先にソールなどゴムの部分がすり減ってしまうのだけど、
メーカーがソールのゴム部分だけリペアするサービスもやっているので、
大切にメンテしながらはけば10年くらい持ちそう。

もう、本当にこのスニーカー以外買いたいと思えないし、
万が一カンガルー皮のスニーカーがこの世から消えたら、その日から何を履いて暮せばいいんだろう?というくらいの一品。

コート「AMERICAN RAG CIE モッズコート 114-AFN-M162-CO001

画像引用:アメリカンラグシー公式サイト
1年前に、なんとなく「モッズコート欲しいなあ」と思ったときに偶然見つけた。
いまよりはまだ着るものにこだわりがあった20代の頃、よくアメリカンラグシーで買い物をしていて、何となく信頼感のあるショップだった。

写真だとかなり暖かそうなボアがついてて、中もインナーがかなり厚手なのだけど、外した状態でもかなり防寒・防風がしっかりして断熱してくれるので、恐らく東京で生活するうえでは不要。
インナーとボア部分は雪山とか行くときに重宝する感じ。

モッズコートって、結構出してるブランドは多いのだけど、なんか生地の感じがしっくりこなかったり、妙にカジュアルすぎるやつとかあるんだけど、
これは凄くベーシックな雰囲気で、イギリスのアーティストが着てるような感じのが好みの人には合うと思う。

パーカー「ループウィラーHigh-neck Hoodie ハイジップパーカ

画像引用:アマゾン
ジップアップパーカーばかり毎日着てる。
ユニクロで適当に買ったやつを着回していたのだけど、わりとペラペラな素材なので、どうせ拘って着るなら一着くらいいいやつ買ってもいいかな?と思って買った。

妻が以前からこのブランドのパーカーを愛用してて、絶妙にいい感じの雰囲気がしてたので、千駄ヶ谷のショップに見に行った。
本当は薄いグレーのやつがよかったのだけど、在庫がなかったのでネイビーを購入。

厚手で糸や編み方にも拘ってるだけあって、首回りのシルエットがかなりしっかりしていて、着心地は抜群
前に、ユニクロのペラペラのパーカーでとある取材を受けたら、写真がかなり残念なことになっていたので(だらしなく見える)
購入以降、カジュアルな服装で取材を受ける際は大体毎回着ている。


画像引用:SHURE公式サイト
これたぶん途中1回買い替えて6年くらい使っている。
Bluetoothのワイヤレスイヤホンに乗り換えたいのに、これが気に入りすぎて買い替えできない。

ステージとかでアーティストが使用するイヤーモニターのような密閉性の高さがポイント。
イヤーパッドの大きさが3種類あるので、耳の形に合わせて付け替えが出来る。
装着すると、ノイズキャンセリングじゃないのに無音状態でも周囲の音がほぼ聞こえなくなる。
(※あまりに聞こえなくなるので、自転車に乗りながらとかはたぶん危険)

遮音性が高いので、音量を大きくしなくても快適にリスニング出来る、なので長時間使用してても耳がつかれない。
音質も、良い意味でクセがなく、個人的には低温が妙な膨らみ方をしないので快適。
はやくこいつのワイヤレスタイプが発売してほしい・・・

以上。

最近、「いい加減、カジュアルな雰囲気だけど年相応のしっかりした雰囲気を出したいなあ」と思ってたのだが、妻の影響からか(アパレル経験が長いので服にこだわりがある)こういうアイテムを買うようになった。

あと5年くらい経ったら、かばんや時計にも気を遣うようになるのかなー

2016/12/13

東大制作展2016”fake future”を見に行った。

いま住んでるとこ、東大の本郷キャンパスに近いんです。
歩いて10分くらい。

近所に、雰囲気のいい昔ながらの喫茶店があって、
たまにそこで東大生っぽい子が分厚い専門書開いて、コーヒー飲んでたり、
初々しいカップルが結構まじめな議論してたりする。


このあいだ、東大の本郷キャンパスで
fake futureという楽しそうな展示をやってたので行ってきました。


ちょうど紅葉一歩手前、くらいのいちょう並木で、
キャンパス内は近所の子供たちが遊んでたり、ご老人が写生したりしてました。




fake futureは、(以下引用)
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http://www.iiiexhibition.com/
東京大学大学院情報学環・学際情報学府の授業の一環、
学生主体でやってるメディアアートの展覧会。
普段の研究で培った技術や思索を、作品として形にすることで、より多くの方に最先端の研究に触れ、親しみをもっていただくことを目的としています。
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ということで。
最先端の研究に親しんでみるかと。


以下、僕が個人的に「おおー」と思ったもの。


・透眼(とうがん)

とあるプロセスを踏むと、
目の前にカメラが無いのに、自分の顔を撮影されている。
わかりやすく「えっ!?これどういう仕組み?」っていう。

画像引用:http://www.iiiexhibition.com/

わかりやすく驚きがある、からくりが知りたくなる。
「研究や技術への興味の入り口」があるなあ、と。


・READY TO CRAWL

3Dプリンターで作った、クマムシやトカゲ。
しかも「本来の」動き方を真似て、ちゃんと歩く。



うちの嫁がなぜかクマムシに異様な興味を示していた。

ただあの、「卵の状態で作成してそこから削り出してる」って工程が
個人的にぐっとこさせる大事なポイントなのに
そこがあまり展示スペースで表現されてなかったのが残念だった。


・ゆらゆら立体灯

画像に、とある細工を「1つ施す」と、
静止画のはずなのに動いて見える。
プロジェクションマッピングもの。



これは、展示が凄く良くて、
「なんで動いてるかというと、こういう仕掛けですよー」ってのが
30秒くらい眺めれば誰でもわかるようになっていて、
個人的に好きだった。


天国への階段、はメンテ中か何かで見られなかったのだけど
その他は、ほぼ全部見た。

面白かった。
また次の展示があったらぜひ行きたい。

東大って「赤門どーーーーん!」って感じなので
頭がよくない人が門をくぐったら、見えないバリアで跳ね返されそうな雰囲気があるじゃないですか
(※ありません)



でもちょくちょく面白いことやってるし、今後も色々やってくみたいなので
気になった人は↓
facebook
https://www.facebook.com/iiiexhibition/
twitter
https://twitter.com/iiiEx

で。

凄く面白かったからこそ、ここ改善されたらもっといいなーと思ったこと。

・展示をやってるよー!って案内が、校舎に入るまでほぼ皆無。

工学部2号館って、結構奥まった場所にあって、
入口に近い辺りは、土日だったのでいろーんな人たちがたくさんいたのですよ。
子供も大人も。

絶対、あの展示見て興奮して技術とかに興味もつ人いると思うの。
人員とか、学生主導でやってるから仕方ない部分あるだろうけど、

ほんと数10メートル先にたくさん人がいたので、
「ここでこういうこといまやってますー」って告知しても良かったのでは。
(※ネットは結構駆使してたので”あえてそうした”のかも)

・メディアアート側に比重が置かれすぎちゃってる展示がいくつか。

普段は、工学部の方たちなんでメディアアートをやりたい人、では無い気もしてて、
中には展示をみて、横にある説明をみて「ふーん」で終わっちゃうものもあった。
(メディアアート展の”あるある”だと思う)

一方、前述のゆらゆら立体灯みたく、シンプルに綺麗にまとまってるものもあって、
なんだか、展示のクオリティがバラバラ。
わかりやすく届けることがメディアアートの目的、ではないとわかっていても、
なんか、もやっとした。

2016/12/12

強化義体世界大会「サイバスロン」、人体とテクノロジー融合の未来


先日、WIRED主催のサイバスロン報告会イベントに行ってきました。

イベントの元となった記事はこちら↓
[wired]そこに障害者と健常者の境目はなかった:2016年サイバスロン現地レポート
http://wired.jp/2016/10/11/2016-cybathlon-report/


今年10月に、スイスで「サイバスロン」という大会が開催されました。
もともと、ロボット工学を応用した補装具の普及を目的に創設された障害者スポーツ大会なんですが、最初にこのイベントを知ったとき、色々思ったのです。

サイバスロンは、
 ・未来のエンターテイメントの発芽で
 ・人と技術の融合において重要な役割を果たす、
 ・自分と違う他者への寛容さ・多様性に寄与する。
 ・しかも大きな産業・市場を創出する。
 ・技術の社会実装プロセスに使える。
そういうものなのではないかと。


細かいルールや詳細は前述のWired記事を読んでください。
スイス・チューリッヒ郊外の、7,000人収容可能なアイスホッケー試合会場は、
チケットが売り切れ、当日もチケットを求める人が会場の外にいたそうです。


サイバスロンは、障害者が競技者となる点で、パラリンピックと近い印象を持ちますが、
実際には、競技を行う「パイロット」、そのパイロットが乗る(装着する)マシンを作成し、チューンナップする「技術者たち」の融合したチームで行うので、個人的にはF1などのモータースポーツに近いと思います。

サイバスロン全部説明したり、イベントのやりとり書くと長くなるんで
個人的に「おっ!」と思ったことを羅列

画像引用:Wired
筋肉の電位を測定し装着者の意思を読み取る義手「メルティンMMI」


○20年間足を動かしたことがないパイロットが、ペダルを漕ぐ

実際に、日本から参加したメルティンMMIチームのFESバイクレースパイロットは、足を切断してから20年間「自分の足を動かす」という感覚がありません。
このパイロットは、電気刺激型のバイク(見た目は、車いすっぽい)に乗って、実際にペダルを動かして走っている。

足を動かすのが不自由な人が補助を受けて競技するのがパラリンピックなら、
サイバスロンの場合、「足を動かす概念自体が消えたはず」の人が競技をしている。



○人と技術が融合

技術にスポットの当たった競技大会、といえば「ロボットコンテスト」とかがある。
サイバスロンの場合、「パイロットが駆使する技術・マシン」が、
本当にその製品を使うターゲットである。という点が特色。

人、にスポットが当たったパラリンピックとも違う、
技術、にスポットが当たったロボットコンテストとも違う、
人と技術、が対決するAIとの囲碁勝負とも違う、

人と技術がチームを組み、本来できなかったはずのことをやる
(F1であれば時速300kmで走る、サイバスロンなら足が無い人がペダルを漕いで走る)

それを通じて「こんな技術がもう実用的にあるんだ」ということを、見ている人が知る。
大会に勝つために、自分たちの技術をアピールするために、
研究成果を「競技のマシン」として披露し、より研ぎ澄ませる。


○なにが「障害」で、だれが「障害者」なのか

サイバスロンのパイロットが障害者ですが、そもそも障害者ってなんだろう?
僕は、視力が1.5以上ある、
妻は、視力が悪く眼鏡かコンタクトがなければ外出も難しい。

しかし妻は別に視覚障害者ではない。
それは「眼鏡とコンタクトレンズ」の技術によって、僕と同じ生活を送っているから。

でも僕は、目の中にものを入れるなんて怖い!!と思うので、カラコンとか絶対装着できない。
コンタクトレンズが不要であると同時に、そもそも装着できない

じゃあ、コンタクトレンズの技術が向上して、
「装着したら視力4.0になるのが当たり前」の世界になったら?

妻が便利だから、と当然のようにそれを装着し、
僕は相変わらず「眼の中にコンタクトとか怖い絶対無理!!」となったら?


たしかイベント中にメルティンMMIの粕谷さんが仰ってたのですが
”2本の腕があるから健常者、という定義はおかしい。ぼくは、はんだ付けの作業をする時に、腕が2本なのを毎回不自由だと感じている。正直、腕が3本あって駆使できるほうが色々と便利だ。2本の腕と脚を自由に動かす人を健常者と呼ぶのは、 3本の腕を駆使するやつが現れたら、そっちがスタンダードになる。”現時点でそれが最高レベルだから。

※サイバスロンのオフィシャルトレーラー動画

○健常者と障害者のコミュニケーション

パイロットは障害者、技術クルーは健常者が中心。
この両者が、大会での勝利を目指して試行錯誤し、意見交換し、訓練・練習を続ける。

これは、「選手とコーチ」や「F1ドライバーとメカニックチーム」の関係と近い。
強化車いすの競技に出場した和歌山大学の中嶋さんは、
「本来なら、妥協せずがっぷり四つの関係性を作りたかった、
しかし実際には、どこまで踏み込んでいいのか、
どこまでぶつかり合っていいのか、難しかった」
と言ってた。

パイロットと過ごした日数も少ないだろうし、サイバスロン自体がまだ始まったばかり。
けど、自分たちのマシンを最もうまく乗りこなし、長い年月をかけて信頼関係を築いた場合、
この「難しさ」はどうなるのか。

○未来のスポーツエンターテイメント

視力4.0のコンタクトレンズ、しかも瞬時にピントが合わせられる、となったら
それを装着し、オリンピックに出場するのは、どういう扱いになるんだろう。
競技によっては、大きなアドバンテージ(有利・不利を作り出す要因)になる。

いくらでも最先端のコンタクトを装着して構わなくなるのか、
ルール自体の改正が必要に迫られるのか。

そして、「視力4.0ってあんなレベルで見極めるのかよ!すげえ!」という
驚きと感動を視聴者に届けるのか。

一流アスリートが身に着けてる一流の製品って大ヒットするじゃないですか。シューズとか。
世界中にいる、足の不自由な人、足の先が欠損した人がサイバスロンを見て、
「なぜあんなに自由にペダルを駆使して移動できるんだ・・・!」となったら。


○隠さない、むしろ「自慢する」という風潮

目が悪い人が眼鏡かけて、そのメガネが超かっこよかったら、
自慢はしなくても「見てほしいなあ」くらい思うのは自然だし、
そもそも「メガネが似合う顔」ってある。

「美しい義足」で有名な、東大生産技術研究所の山中俊治教授は
”義足を装着した人は、まずそれを隠したがる。しかし、その義足が予想以上に自由自在に高性能で、外観もかっこいいと、次第に見せびらかしたくなる”と言っている。
画像引用:東京大学生産技術研究所 山中俊治研究室


当たり前だ、自分が使ってるものが高性能で、自分しか持ってなかったら、自慢したくなるもの。


○トラブルが起きたら

オリンピックやF1、いや大体のスポーツが、
仮に選手が練習中・試合中にケガをしたとして、

かわいそう、痛そう、ひどい、とは思うだろうけど、同時に
「まあ、ぎりぎりの勝負の世界では、多少のケガは仕方ない」と思うでしょ?
(※著しくひどい症状や、明らかにルールや運営の不備によるものは除く)

じゃあ、サイバスロンの大会で、いま同じことが起きたら?
パイロットが、マシントラブルで例えば腕に大やけどを負いました。

F1のドライバーが、マシントラブルで起きた火災に巻き込まれ、
腕に大やけどを負いましたってニュースとまったく同じように、
自分は、周囲は、受け止められるか?


○お金がかかる、企業スポンサーの参入

スイスと日本の間で、莫大な機器を輸送せねばならず、
輸送費だけで往復200万円くらい掛かったらしい。

サイバスロンは、現状の目的が「福祉関連技術の発展」のため、という方向性なので、
この領域における大企業が大会をスポンサードするとか、
賞金を出すとか、もしくはチーム単位で支援するとか
新しい文化の創造、という文脈で某飲料メーカーが支援するとか

そういう動きがあっても、別におかしくない。
というか、すでに動いてるんだろうし、
海外じゃクラウドファンディングで資金募ったりスポーツメーカーに売り込んでるチームもある。

○エンターテイメントとして社会に実装させてしまう

技術の研究と実用化、っていまやっている仕事が関わり深いんで
どうしてもアンテナが反応しちゃうのだけど、

「普通にエンタメとして成立しちゃうもの」がやっぱり強い。
最近だとVR。
テレビでバンバンやって、ラジオでいろんな芸人が話のネタにして。


社会的な意義はある!でも市場価値はよくわからない!
みたいなの、大事なんだけど、10年スパンでみてジリ貧だったら意味ないと思う。

結局ボランティアでしか成立しません、って
関わってる人たちが率先して実証しちゃうの、
本当にいいことなのかな?

「いや、普通にエンタメとして超面白いから」

「面白いから、当然関連ビジネスとかいっぱい立ち上がって市場作っちゃうから」

「すげー注目されてる大会だから、一流のチームはめっちゃ賞金もらうし」

「パイロットも技術クルーも超かっこいい、あー将来サイバスロンの技術者になって優勝したいなー!」って子供が出てきたら。


こうあるべきなんじゃ?何かあるかなあ?と思って、最近発見したのがこのサイバスロンでした。


ほんとは不寛容さの許容、みたいな文脈としての
サイバスロンが持つ可能性の話も書く気だったけど、

疲れたので別エントリーにする。
退役軍人も、肌の色や腕の本数が違う人も、
あまり周囲に見る機会が少ない日本における可能性の話。

---
サイバスロン公式サイト
http://www.cybathlon.ethz.ch/

日本からの参加チーム
メルティンMMI
http://meltin.jp/home/ja/home/




2016/10/12

ありがとうございました。最高でした。

画像は公式サイトから。

ブンブンサテライツの川島さんが10月9日に永眠しました。
既に5月に公式ブログで発表されていた内容
を見ていたので、正直そう長くはないと思っていました。

活動が終了、という事実よりも
上記のリンクにある
正確な意思の疎通が難しいので、今彼が何を考えて何を思って毎日を過ごしているのか、僕でも少し理解しきれない時があります。
という中野さんの文章があまりに重すぎて、衝撃的過ぎて、
もうそこまでの状況にあるんだ・・・と思ってました。


ここからおっさんの昔語りをします。

---
最初はたしか17年前。
当時僕は音楽活動をしながらフリーター生活で、昼夜が逆転するような生活をしていて、
夜中に、NHK-BSをだらだらと見ていたら、知らない2人組のアーティストが回るヨーロッパツアーを密着取材する、というドキュメンタリー番組が放映されていました。

そこで聞いた曲に衝撃を受け、次の日CDを買いに。
テレビから流れていた曲は「DIG THE NEW BREED」
CD屋にあった視聴機で流れてきたのは「PUSH EJECT」でした。



2000年、ぼくはとある家電量販店に勤めてました。
何がきっかけかは忘れましたが、フジロックにブンブンサテライツが出るというので
1日だけ日帰りで、職場の同僚と苗場に行きました。

仕事を終わらせて夜中に出発し、明け方苗場着。
仕事明けでほとんど寝てないなか、暑い昼過ぎのホワイトステージで
はじめてブンブンサテライツのライブを体験しました。

ずっと居たかったけど、帰れないとまた次の日も仕事だ。
グリーンステージのヘッドライナーを横目に、駐車場に戻ったのを覚えてます。
プライマルスクリームがやってたなー。
その次の年から、毎年3日間フル参戦するのが何年も続きました。



2003年、ぼくはIT会社に転職しました。
転職して2か月後、いまはなき渋谷AXでライブをやるというので
はじめてワンマンライブを仕事終わりに観に行きました。

ライブが終わった後、もう疲れ切って帰るのも面倒だったので、
オフィスに戻り、ぼーっとしていると、右腕が死ぬほど痛いことに気が付きました。
ライブ中、気が付かないうちに右腕を脱臼していました。
ライブの余韻に浸り、オフィスに戻ってきて、数時間経ってやっとそのことに気が付きました。



2011年、僕はとあるスタートアップ企業で働いてました。
広報・PRの担当だったので、たまにメディアに取材されたりもしました。

ある日、FMのラジオ局から「先進的なテクノロジーを使ってる企業の人を取り上げたい」と出演依頼が届き、なぜか僕が出ることになりました。
そして事前に「あなたにとってのテクノロジー」をテーマになにか曲をリクエストしてくれ、という謎の質問事項がありました。

ブンブンサテライツの「PUSH EJECT」という曲を、と返信して出演当日を迎えました。

有名なラジオパーソナリティの方のリードで、とくに問題なく出番が終わりかけたとき
「最後に、1曲テクノロジーをテーマに挙げてもらえませんか?」というフリが。

ああ、ここで使うのか、と思い
「あ、はい。ブンブンサテライツのPUSH EJECTという曲を」というと
「なるほど!ちなみに、なぜこの曲を選んだんですか?」と聞かれました。

は?
理由?理由もいうの?そんなの事前の質問事項に無いよ?と一瞬頭が真っ白になりかけ、

「あのう、テクノロジーって生身の体と融合して初めて大きな意味を持つものだと思っていて
僕にとって、それを体現してる曲がこれなんです」と完全アドリブで答えました。

テクノロジー企業の広報さんが平日昼のFMラジオに出て、たどたどしくトークした後
10年以上前に発売された、15/8拍子に乗せたダンスミュージックを紹介する。
しかも謎の一押し理由まで添えて。

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今日、川島さんの訃報に接し、ツイッター上を色々検索してみました。
"PUSH EJECT"というワードで検索したところ、

「知らない場所に連れて行ってくれる存在だった」
というニュアンスのことを言ってる人が何人かいました。

もちろん最近の作品もライブも好きだけど、
なんというか、初期(アルバムでいうOUT LOUD、UMBRA)の感じは

本当に、わけのわからないところにいつの間にか
気が付いたら連れてかれる感覚があったんです。
しかも、(腕が脱臼したことに気が付かないくらい)踊り狂いながら。


好きなアーティスト挙げろ、と言われたら500組くらいはさらさら挙げれる自信はあるんですが
訃報にふれて、こういうブログを書かずにはいれないアーティストがあと何組いるかな、

ということを考えながら書きました。

公式サイトから引用
「そして、最後に一言だけ言わせてください。ブンブンサテライツでした!!」
http://www.bbs-net.com/

ありがとうございました!最高でした!

2016/10/03

映画「怒り」を観た後に、原作を読んだ。(ネタばれ無し)

画像はeiga.com/から引用

映画を見て、あとから原作読んだんですけど。
この作品に関してはその順番(映画→原作)がおススメかも。


理由は後述。


作品内では、3つの物語が平行する。東京・千葉・沖縄
(※警察の動きも入れれば4つ、なんだけど原作ほどフォーカスが当たってないので3つ。)


1.千葉:漁港で働き男手ひとつで娘を育てる

(渡辺謙、宮崎あおい、松山ケンイチ)

キーワード「負い目」
とにかく負い目を感じている。

狭い田舎で、すぐに娘に関するうわさや悪評が出回る。
それと戦い娘を守ろうとしても仕方がないと我慢する父親

自分が人と違うことを薄々わかっていて、自分を大事にしないし、
自分を大事にしてくれる人はおそらくいない、という考えに至っている娘

本当は、自分の娘が幸せな人生を歩めると思っていない父親
自分みたいな女に好意を寄せる男は、まともなやつなわけがないと思っている娘

何かの恐怖や警戒心を常にまとわなければ生きていけない、
というオーラを全身から放っている若い男


2.東京:ひょんなことで共同生活をはじめるゲイカップル

(妻夫木聡、綾野剛)

キーワード「諦念」
みんな諦めている。

病気の母親は、もう長くは生きれない。
好きな男と一生過ごしても、社会通念上そいつと一緒の墓には入れないと思っている。

たくさん楽しい予定を入れ、おいしいものを食べ、踊り狂っても、何も楽しくないと実はわかっている。

妻夫木の冒頭のセリフで
えーもう少し居ましょうよ、俺なんてもう「楽しいフリしてるのが楽しい」ってレベルまで来ちゃってますから
ってのと、中盤の
予定いっぱい入れて、毎日バタバタしてるのが楽しいと思ってたんだけど」
があるんだけど、このセリフで全部表してるよなーと思った。
東京で楽しいフリして毎日を送ってるやつ100万人くらい殺す威力ある。


3.沖縄:無人島で暮らす男と、知り合った若い2人

(広瀬すず、森山未來、佐久本宝)

キーワード「閉塞感」

作品見終わってまず思ったこと
なんで映画のポスターとかに佐久本宝くん入ってねえんだよ!入れるべきだろ!!

これ。

辰也役の佐久本宝くん凄い。無名でほぼ演技経験無い新人らしい。ほんと?
この映画、辰也君いなかったら成立しないじゃん。と思った。

とにかく景色がきれい。素晴らしいロケーション。
一度でも南の島・離島に訪れたことがあるなら
「ああーいいなあー」と自分の記憶にある美しい風景と重ねられる。


けど、実際はどこまでも抜けるような青空の下に、
無限に続く青い海のように、
絶望的で閉塞的な世界が広がっていること、が描かれる。


なんの成果も生まない社会活動に精を出す父親を見る息子
不平不満がある、好きじゃない。けど、それを母親に伝えない娘
とある事件が起きる、それを警察に届けたとしても「何も変わらない」とわかっている人たち


何も変わらない、
なにも意味がない、
どうせみんな興味ない。
せめて景色が綺麗でないと、息苦しくて窒息しそうな空間。


◆原作と映画の違い


原作・・・犯人が誰なのかを意図的にわかりやすく描き、それを踏まえた人間の心境を描く。
読者が先に真実を知る「神視点」

映画・・・犯人捜しのミステリーがメインではないが、後半まで誰が犯人かはわからない。
見ている側も「同じタイミング」で真実を知る。

この違いが、原作が好きな人は映画の評価があまり高くない理由だなと思う。

でも、ここに映画版最大のポイントがある。

映画は、登場人物がそれぞれ怪演といえる演技を披露し、1時間半くらい経つと
もう見ている側は誰かに(下手すると全員に)感情移入してしまう。
原作を読んでいない人は

「せめて○○だけは殺人犯ではなかった、となってほしい・・・」

「そうじゃなきゃ、あいつがかわいそうだよ・・あいつのためにも人違いであってよ・・」

となる。俺もなった。

終盤、原作にも登場する「ある男」が取調室で刑事相手に話をはじめる。
怪しい、一見してヤバいとわかるオーラをまとっている。

「もしかしたら3人とも犯人ではなくて、こいつが真犯人なのでは?」と思えてくる。

思えてくる、というかそうあってくれという目で「その男」を見てしまう。

原作を知らず、どっぷり感情移入した客にとって希望の光。

ただ怪しいだけで、謎なだけで、3人とも殺人なんてしていなかったのかもしれない。

そう、せめてこんな世界なんだから、目の前の人が殺人犯なんてやめてくれよ。

と思ったところからの、

真犯人が本性を現していく展開が素晴らしい。
これは原作を先に読んでいては味わえない感覚。


◆映画観た人、原作読もうぜ


映画を先に見て原作を読むと
「えっ、なんでそんな露骨に誰が犯人なのかわからせちゃうの?」
という点に不満はある。

俺も読みながら「えっ、はやっ!」って口走った。
でも、「文字によって表現し、読者側の脳内に想像させる」という手法の醍醐味がある。

沖縄で起きる事件の描写、
漁港で働く親父の心境、
充実した生活に見えて巨大な空洞を心の中に持つ男。

役者が巧かろうが、脚本や演出を駆使しようが
映像で見せたら固定化しちゃうもの、映像で見せにくいもの。
原作の最大の魅力。

あと、映画版では省略せざるを得なかった
・なぜ、父親は娘を大事に思いつつどこか負い目を感じでいるのか
・東京で暮らす男はなぜ、空洞を心に抱えているのか
・沖縄に住む女の子は、(たとえ事件が起きてなかったとしても)母親をどこか冷めてみているのか
を描いてるし、

事件を追う刑事の心境、
東京で暮らす男の「理解あるからこそ空しさが増す」家族、
漁港で働く父親のいい相談相手となるいとこの過去
など、

結局メインキャスト8人以外も、全員もれなく
「信じたいけど信じられない、そんな自分が好きになれない」
を背負っていて、

映画見た後に
本当はあの2時間半に入らなかっただけでこういうことなのか。
と楽しめる。

映画を低評価する原作ファン最大のポイントはここだろうな。こんなに省略されたんじゃそりゃ微妙だわ。


でも、「犯人が誰なのかが明確になり、そいつが本性を現し、迎える結末」の描写は
映画版のほうが、個人的には好きです。


最後に。
映画もしくは原作を読んだ人にしかわからない、
”壁に書きなぐられたような”文章を書く。

映画みて、原作と違うって怒り狂ってるやつがいた、
ネットでレビュー書いて評論家気取り、ウケる。
自分の世界観が侵されるのが嫌ならわざわざ観んな


2016/03/13

書評&裏話的な。「人工知能は私たちを滅ぼすのか --計算機が神になる100年の物語」

以前の職場で同僚だった、児玉哲彦くんがこのたび本を出版することになりました。


※画像は児玉くんのブログから
タイトルは
人工知能は私たちを滅ぼすのか―――計算機が神になる100年の物語


実は児玉くんがこの本を執筆中に、少ーし関わらさせて頂いたので
一足早く読んだ立場からの感想と、あと裏話っぽいことを書こうと思いました。


タイトルがなんだか仰々しいですが、かなり広いターゲットの人に読んでほしいんだなと感じる内容です。

副題に「100年」とあるとおり、20世紀におけるIT技術の勃興から今日まで、
そしてその先にある、人工知能が世界に「当たり前」に存在している世界を、 SF映画っぽさを出さずに描いた本。

「広いターゲット」は本音の感想ですが
書かれてる内容がとっつきやすいか?というと違和感がある。
でも、「人工知能」「IT技術」に関心があるなら、途中で脱落せずむしろ楽しく読める。

むかし、小難しい「哲学」というジャンルをなるべく平易に、
歴史の流れに沿って書いた「ソフィーの世界」という本がありました。
あそこまで分厚くはないけど、ちょっと近いかもしれません。
難しさと易しさのバランス感でいうと「ダヴィンチ・コード」とかも近い。


児玉くんとの付き合いはもう5年半になりますが、
「豊富な知識」を持ち、「偉大な先人への敬意」を大事にし、
自分が拘っている分野の「照らす未来は明るく正しくあってほしい。という想い」が強い人だな、と常々感じます。

そして「丁寧に伝えよう」と本人は頑張ってるんだけど、
結局「熱意と妄想とエゴが爆発して饒舌」になる人。

この本は、上記「」で囲った部分がそのまま出ています。
熱意と妄想とエゴが爆発し、児玉くんは饒舌になる代わりに10万文字を疾走します。
音楽ジャンルでよくありがちな「20世紀のロックスター列伝」みたいな本です。
著者がロックを好きすぎるあまり、書かれてる内容が異様に熱を持っている。アレです。

彼が学生時代に出会った「コンピューター」や「線形代数」は
ジョンレノンや、ボブディランや、カートコバーン、マイルス・デイヴィスのようなものなのかもしれません。
以前一緒にSxSW(サウスバイサウスウエスト)というアメリカのイベントに行った時、僕らはとあるバーでブルース・スターリングという作家に会いました。

その時の児玉くんの興奮っぷりは凄まじく、まさに小さい頃からのギターヒーローについに出会えたミュージシャンのようで、小さい頃からテクノロジーの進化とその先に見えてくる新しい世界に接していた、彼の「根っこの部分」を垣間見たような気持ちになりました。

この本を個人的にどういう人に一番読んでもらいたいか、考えると
中学生とか高校生が読んでくれたら嬉しいなと思います。

読み終わった後に、生まれて初めての衝撃的な1曲に出会ったあと、ギターをかき鳴らしたくなる。
みたいな感じで
プログラム言語や線形代数をかき鳴らしたくなる奴とか出てきたらいいなあと思いました。

--
以上本編(感想)おわり。

以下↓だらだらとした裏話。
(軽いネタバレあるんで、避けたい方はブラウザ閉じてください)
--

去年の夏、児玉くんから
「いま実はこういう本を書いてるんだけど、どう展開すべきか迷ってる。
 いま書き上げたとこまで読んで、感想とか意見がほしい」
と連絡をもらいました。

面白そーなテーマで書かれた内容だったんで二つ返事すると、pdfデータが届きました。
「6つにファイル分割された」pdfデータが。

ちょっと読んでほしい、という言葉、
そして単著で初めて本を書いた。ってことで、
軽い文庫本サイズかな?と勝手に思い込んでたら。

「、、、これ何文字あんの?w」
「まだ校正前だけど、現時点で85,000字」
「85,000字wwwwwwwww」

読み始めると結構すらすらいけて。
2日か3日で読み終えました。

最初に読んだ時、第5章まで完成してて、
ちょうど20世紀のIT技術の変遷が世界にもたらした変化、が書き終わった段階。
つうことで、僕は主に第6章以降にちょこちょこ関わってます。

「読み終わったよー」
「どうでした?」
「19世紀終わりくらいからの近代史とか、ITとか好きな人には面白いんじゃないかな。で、このあとどう展開するの?」
「ここから人工知能が作り出す世界、その先のシンギュラリティ、と展開するイメージなんだけど」
「なるほど過去から今日まで来て、今から未来を描くのね。えーと個人的にはですね、、、」

ここから
「聖書からの引用は、好き嫌いが出そうだね」
「AIの先にあるものは、決して西洋だけでなく、人類が知と意識の研鑽の途中で見つけていたものと繋がる多様性とか?」
「賢さとは何か」
「2030年を舞台に、どういうトピックを取り上げるか」
「俺はAIはひとりひとりに付くジョジョのスタンドみたいになると思ってるフシがある」
「AIに順応できてる奴と、順応できてないそいつの親世代がいる同時代性」
「個人がさらに細分化されてモジュール化する、いま融け合う過度期っぽいよね」
「ネットワークへの接続性高めるために、人類の個における鍵ってオープンでモジュールだと思うんだよ」
「テクノロジーの可能性を感じてそこに身を投じていく人が増えるべきよねー」
とかいう話を交えて、主にどんな人が出てきて、どんな生活をしてるべきか?
の話を2人でたくさんしました。


マリという女性がこの本に出てきます。
彼女の、自分自身を投影は出来ないけど、兄弟か親戚にはいるかな?いそうだな、いやギリギリいないかな?の感じと
「マリという名前」の部分に、関われたのが、個人的には楽しかったです。

児玉くんとのやりとりが、チャットに残ってたんでカウントしてみると、3〜4万文字くらいありました。
その中には、途中「あれ読んだ?」と会話の中にたくさんの書籍も出てきたので、
それを一気に紹介して、このエントリー終わりにします。

テクニウム――テクノロジーはどこへ向かうのか? ケヴィン・ケリー

ハワード・ラインゴールドの著書いろいろ

NEXT WORLD―未来を生きるためのハンドブック NHKスペシャル「NEXT WORLD」制作班

華竜の宮(上) (ハヤカワ文庫JA) 上田 早夕里

【漫画】真説 ザ・ワールド・イズ・マイン 新井 英樹

2030年 世界はこう変わる アメリカ情報機関が分析した「17年後の未来」 米国国家情報会議

消滅世界 村田 沙耶香

魔法の世紀 落合陽一

2016/03/01

無くなる仕事と、新たに生まれる仕事


IT業界に来る前に、3年弱ほど流通業界で働いていました。
5年ほどふらふらとフリーターをしていた中、勤めたバイト先で正社員にならないか?と言われ、
秋葉原の家電量販店で、店員をしていました。


ちょうど、ECという市場が拡大期にあたる時期で、
僕が勤めてた会社は、国内でもいち早くネット通販で売上を拡大していた企業のうちの一つでした。

当時は、Eコマースという言葉よりも「クリック&モルタル」という謎の用語があったりして、
ネット通販の勢いは凄まじかったものの、実店舗の売上が全社的には売上の重要な部分を担っていたし、無店舗型・ネットのみの店舗なんてのは、まだ限定的なもの。という雰囲気だったのを記憶してます。


週末セールや繁忙期のセールの準備を整え、
忙しい時期は17日連続出勤という、今考えると結構な激務をこなしていました。


店舗に立ち、接客し、数万~数十万円の買い物を決断させる。
店員として優秀か否か、の判断は「販売数・売上数」であり、それ以外には

秋葉原という街に買い物に来る客への対応力
・どれだけ深い商品知識を持ってる人とも対等に渡り合える知識
・初心者の人にも、専門用語を使わずわかりやすく説明し、背中を後押しする力
のどちらか1つ、もしくは両方を持っているか?が大事だった。

僕は完全に後者で勝負するタイプで、専門知識を求めているお客さんの時は
正直に説明し、速やかに接客を変わってもらっていた。

仕事を通じ、言葉の裏に隠された本音を察知する嗅覚、言葉を交わす前の、身なりや持ち物や目線の動き方から、収入や可処分所得に対する考え方を洞察する能力を養った。

端的に言えば、「売ってなんぼ」の世界


当時、2人の先輩社員がいた。
Aさんはスポーツマンタイプで、頭はそんなに良くないけどとにかく社交性があって、商品知識は素人。でも体育会系のノリで頑張るので、フロアマネージャーまで出世してた。

Bさんは、外見も中身もオタク。勤続年数が店の中で一番長く、商品知識はまさに生き字引のよう、社交的な性格では無い上に出世もあまり興味が無さそう、というか人間関係が少し不器用で、現場で僕と同じ一般職のままだった。


3年働いたなかで、2つ特に覚えてることがある。

Aさんは、フロアマネージャーになったけど、商品知識も無く売上拡大の施策もどこか的外れで、よく怒られていた。
いろいろと担当フロアを回された挙句、最終的にスタッフ数を増やし始めた「Eコマース部署」へと異動になった。


Eコマース部署は本社勤務なので、Aさんと会うこともなくなったが、
半年ほど経ったある日偶然駅前で会った。
いつのまにかEコマース部門のリーダーになっていた。

「ちょっとお得なキャンペーンを用意したら、目の前で何十人、何100人がどんどん買っていくんだよ」
「キャンペーンの準備は大変だけど、接客の手間も無いしレジ打ち間違えは無いし、商品は勝手に発送されるし、俺Eコマース向いてるわー」

この話を翌日、店長に「昨日Aさんに会いましたよー」と話すと、店長はちょっと不機嫌になった。
「売ってなんぼ」の社内で、Aさんのチームは既にうちの店舗全体の売上を超えていた。



Bさんは、毎日淡々と病気もせず無遅刻無欠勤で出社し、接客をしていた。
週末セールは、大量の商品が入荷するので、販売員総出で倉庫に搬入する。

長年の仕事の影響からか、Bさんは腰痛持ちだった。
僕が重量20kgを超えるコンテナを倉庫に搬入すると、Bさんが倉庫内の棚にデスクトップパソコンを運んでいた。

棚に運び終わったあと、Bさんは苦しそうな表情で腰を押さえていた。
「大丈夫ですか?」と声をかけようとした瞬間、Bさんは振り向いて「おう、それそこに置いといていいぞ」と言った。

Bさんの年齢は、たしか僕の10歳年上だった。
毎日あまり何も考えず脳天気に働いていた僕は、突然Bさんと自分の10年後の姿を重ねた。

「俺は、10年後も重い商品を倉庫の棚に陳列するのかな?」
「それとも、店長職やエリアマネージャーとかになって、そういうことはしなくなるのかな」


僕はAさんと駅前で話し、Bさんが倉庫で辛そうにしてる姿を目撃した約3ヶ月後、
知人の紹介によって、とあるモバイルサービスを提供するITベンチャーに入社した。

モバイル業界はその後飛躍的に市場を拡大し、
そのITベンチャーは、僕が退職する時、入社時に比べて社員数・売上規模ともに12倍になっていた。


僕はEコマースが今後伸びることや
実店舗の販売ビジネスがネット通販に押されて苦しくなること、
モバイルサービスが飛躍的に、世界的に伸びること、

どれ一つとして、予測もしてなかったし、そういう情報を発信してる当時のメディアも見ていなかった。
ITベンチャーの面接をするときも「知人が楽しそうに仕事してるから」が理由で、事業内容は1ミリもわからなかった。


というか、ごくごく一部の、一握りの「これからはITだ!」と気付き、いち早く勝負を賭けた人達以外、当時そんなことに気がついてる人はあまりいなかった気もする。


新しい潮流を、半信半疑に見ていた人、
新しい手法で事業を拡大し自分達の立場を脅かす存在を、苦々しく見ていた人、
僕みたいに、脳天気に暮らしてて、そんな変化にも気が付かなかった人。
「あんなものは一過性のものだ」と、存在を認識しつつニヤニヤと見ていた人。


ちなみにその家電量販店は、僕が辞めた数年後にとある大企業に買収された。

AさんもBさんも、いま何をしているかは知らない。
2人共辞めた、と聞いたのは覚えてる。


人工知能によって奪われる仕事、たぶんある。

IoTによって何かが救われる人、たぶんいる。

VR技術によって生まれる仕事、たぶんある。

どれも全部、たぶんある。


そして、どこを切り取ってもスナップショットの一つでしかなく
動画の中の一瞬を切り取った一コマは、素敵な一瞬や残酷な一瞬を捉えてるかもしれないけど、
次の瞬間はもう別のコマになっているので、点には本質的な意味はなく線で繋がれることで意味をなす。


新しい技術や市場によって、自分に向いた仕事に出会うAさんも
新しい技術や市場によって、体力的にきつい仕事から開放されるBさんも
どっちもいるだろうし、

全体のトレンドが、個人の運命を決定づけることなんてこれからも無いんじゃないかな。
もしそういう人がいたら、その人は外的要因のみによって運命を決められてしまう人なんだろうな。
ということを

雑誌や中吊り広告で「10年後に無くなる仕事!!!」みたいな見出しを眺めながら思った。

2015/09/14

自分をモジュール化する、っていう働き方について



ベンチャーとかスタートアップ界隈だと、起業したとかフリーランスになりましたとか。もはや珍しくもない感じだけど
それ以外の業界でも、必ずしも企業に雇用される働き方じゃない選択肢が増えたなって思う。

クラウドワークスみたいなクラウドソーシングの仕組みの発展もそうだし、
結構お堅い感じに思われてた業界でも、それなりに経験とスキルを積んだ人がその後独立するケースをよく見る。
人材業界、コンサル業界、制作会社、マーケティング、プログラマー。

一方、僕はこの会社に所属し、勤務する「会社員」という立場ですが、
大企業が副業OKにしはじめたり、在宅勤務・リモートワークOKな会社も増えてきて、
・企業に所屬から毎日同じ職場
・フリーランスだから自由な時間と働く場所
みたいな単純な二択でも無くなってきた。


■ちょっとしたご報告

んで、本題入る前に書いておかないと忘れる気がするので、
ここでちょっとしたご報告なんですが、ぼく最近やることを1つ増やしたんです。

クラウドファンディング展開中(※ぜひご支援を!)の低価格ホームセキュリティ製品のプロジェクト

このプロジェクトのマーケティング中心にいろいろお手伝いしてます。
といっても、いままでどおりこちらの会社にも所属し週5日働いてます。

簡単に言うと、空き時間で新しいこと始めたという。
元々うちの会社は原則副業禁止なのですが、後述するメリットなどもあり、経営陣がGOサインを出してくれたんです。
色々なことに前例がないベンチャー企業ではあるものの、原則的なルールがある中で決断してくれた経営陣に感謝してます。

で、プチ報告はこれくらいにして、本題の「自分をモジュール化すること」の話に繋げます。

僕が彼らのプロジェクトに合流した理由というのは、
「簡単に言うと空き時間活用」と書きましたが、別にお金目的では無いです。
最初のきっかけは、プロジェクトの中心人物に旧知の知人がいて、そいつから
「YOU、手伝わない?」って言われたからなんだけど

決め手は、ちょうど声をかけられた時に僕が考えていたことを実践するのにいい機会だと思ったからです。
それがこのブログのタイトルに付けた「自分のモジュール化」で、このプロジェクトに参画することでそれを試せるなと。

物事にはタイミングというものがあって、
それはなんとなく肌感覚で
「あ、来たな」「ああ、これ今ってことだな」と思ったら深く考えずさっと動くことが大事だと思っているので今回もそうしました。

ここでいう「モジュール化」の説明するのに、
これ偶然なんですが、先日公開された記事が引用しやすいなと。
「貼るだけホームセキュリティ」のSecualが実践するマイクロタスキングは、スタートアップの採用難を解消するか【連載:NEOジェネ!】
http://engineer.typemag.jp/article/secual_neo
ここでは、エンジニア中心のプロジェクト推進の手法として、タスクを徹底的に細かく砕く「マイクロタスキング」という話が展開されてるんですが、これ非エンジニアな人にも通ずるなと思ってるんです。


■僕もあなたも複数のモジュールで構成されている


例えば。
自分ができることや既に持ってるもの、を箇条書きにしてみてください。
スキルだけでなく、得意なことや苦にならないことや自分のバックボーンとか。

・エクセルの集計とかが早くて得意。長時間やってても平気、とか
・ソフトさえあれば簡単な画像加工ができる、とか
・細かい性格なので、チーム内で誰かがタスクを忘れた時に指摘できる、とか
・以前の職場で業務上のつきあいがあったので◯◯分野の研究をしてる人とのつきあいがある、とか
・親父が行政に勤めてるから、自治体とか地方自治について自然と知ってることが多い、とか
・移動が楽しいから、誘われたらいろんなとこにフットワーク軽く顔出す、とか
・よくわからないけど、なんか同年代のやつより知り合いが多い、とか

なんかこういうの。

書き出してみると、大半の人が「2種類以上」何かしら書き出せるはず。
この書きだした「1行単位」の「自分の特性」を「自分の内側に搭載されているモジュール」だと捉える。

そのモジュールを組み込むことが出来る場で、フレキシブルに活用する。という考え方。

で、一方普段のお仕事ですが。
恐らく大半の人が「自分の持つモジュールを全てフル稼働させて業務に勤しんで」いる状態には無いと思います。

むしろ、忙しければ忙しいほど、「どこか1種類のモジュール」のみフル稼働させて、あとは休んでる状態、なんじゃないだろうか。

それって、もったいない無いというか、もっと適切なサイズに砕いたらどうなるのかなと。

自分をマシンに置き換え、アウトプット(出力)を捉えてみると、
特定のボタンや部位だけがギュンギュン動いてるけど、別の部位はずーっと休んでる、

購入して5年経つテレビのリモコンに、一度も押したこと無いボタンってあるじゃないですか。あんな状態。
外部刺激による受信(インプット)も似てて、特定の何かに忙殺されていると、
本当はアンテナ張っておきたい領域のことにいつの間にか疎くなって、まずいなーって思ったりするじゃないですか。

周りのフリーランスで仕事してる人、特に非エンジニアな人と近況を話し合ってたりすると
記事を書いたり、サービスのコンセプトを思案したり、必要な人を周囲から巻き込んだり、同時並行で異分野なプロジェクトに参加してたりして、
「うまく自分の中にあるモジュールを活用してんなー」と思ったりする。

そうやって色んなとこに顔を出し、色々なことに参画し、それがまた次のモジュールを生成する、最初はライターとしてウェブメディアに文章書くだけだった人が、取材を通じて特定分野の人と繋がり、今度はそっちでイベント運営に関わり、すると紙媒体からオファーが来て、今まで扱ったこと無い題材に取り組み、その取材を通じ新たな知見を得て、、、
の繰り返しで、5年前に知り合った時と比べてモジュールのバリエーションが全然多様になった。みたいな人。というかこれ江口くんのことだな



■これは個人の働き方の話をしてるわけではなく、大げさにいうと社会における実験みたいな感じ

ぼくは、こういう感じの循環システムみたいなものを、「会社員でありながら」実践してみたかった。
フリーランスであれば、一度に複数のプロジェクトに参画したり、プロジェクトごとに求められる役割が変わるのはよくある話ですよね。

1企業に所属しながら、
自分の持つモジュールの活用度を高めて、
別のプロジェクト(要は副業)で得た知見がまた勤める企業側に還元されていく

むしろ、「これ」と「これ」の2つをやってます、という【複合】が、
仕事を1本に絞った時よりも、遥かにどちらのプロジェクトに対しても何かしら良いメリットを生み出す。という


えーとつらつら文章書いてますけど、ぼく別に【個人の働き方】の問題提起や近況報告をしたいわけではないんですよ。

この「個人」という存在を更に適切な単位に砕いて
「モジュール化する」という手法が増えたほうが
社会的な利益というか、
簡単に言うとイノベーションが起きたり市場の創出に繋がると思ってます。

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※ブログの途中ですが、ここから突如堅い話を展開しますので、

ここで一息つくために、ブログ筆者による

「最近テレビを見ていて、異様に気になること」

をご覧ください

↓ ↓ ↓ ↓
「なんかー、最近の多部未華子さー、めっちゃ色っぽくない?なにあれ?すげえな!」

以上です。それでは残りの文章をお楽しみ下さい
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ここから展開する話は、色々な事象を観察した上で
「ぼくのなかにふわっと存在する仮説」なんですが

既存の単位って、ここまで社会が成熟してしまうと
「ちょっと色々と大きすぎる」と思っていて

時間、人材、会社の意思決定、技術や権利、ビジネスモデル、、、、
もうあと一段階砕いて「モジュール化」したほうが色んな局面で正しくフィットするなと。

これは前述のエンジニアTYPEの記事で、語られているエンジニアのチーム組成の発想に近いです。



■おいしく食べるなら、無理やり口に押しこむんじゃなくて、ちょうどいいサイズにカットしようか

既存のサイズが大きすぎてフィットしないものって、見渡すと世の中のニュースになってるものもある。

例えば、企業同士が業務提携しましたとか、国や行政が新しい仕組みを取り入れようとする時とかに、あまりその後の展開がうまくいかない、少なくとも提携した時にお互いが描いてたプラスのイメージには至ってない、みたいな話って

双方の意思決定とか、その裏側にある懸案事項とかが
「融合させようとした時に大きすぎるからうまくハマらない」
ってケースが結構ある気がしてます。

互いの強みを持ち寄って、、、って最初は言うんだけど、
適切なサイズに砕いてないからパズルのピースを嵌めようとすると角が当たって入らない。
みたいな。

「大きいもの」
(大企業とか、国とか、大規模な研究機関とか、世界的な投資会社とか、500万人以上が暮らしてる都市とか)

を「大きいもの」(大企業とか、国とか、大規模なああもう以下同文)

と融合させ、発展的な何かを生み出す時、
パズルのピースが嵌らなくてダメでしたー!じゃなくて、
どうにか実現に持ってくには

大きなビジョンを持ったカリスマ人物も、
大きな意思決定や執念のような実行力も大事なんだけど
それを支える機構・原理の部分は、実は現状よりも小さい単位で結合されてるんじゃないかな、と思うのです。

マシンに組み込まれている小さなパーツやモジュールは、
一応2015年現在において、役割を果たすだけで自ら思考しないんだけど
(10年後は知らん。あーこの話がこの文章の中で実は一番やべえな)

このモジュール部分が機械じゃなくて人間である場合、
パーツ自体が思考して相互関与し、うまく大きなマシンを駆動させるための役割を果たすことができる。
これを実現するためには、仕組み的な話も前提にあって、

・プロジェクト管理における細かいタスクのチケット駆動型とか
・関与する人たちがリモートワークで個々の役割を果たす素養とか
 (secualプロジェクトはほぼ全てリモートのやりとりです。)
・参加してる人たちが当事者意識を自然と持つ仕組みとか
・それを実践できる契約形態や意思決定

まあいろいろあるんだけど

サッカーの本田じゃないけど、まずは個なんだよな。
フリーランスなのか会社勤めなのか学生なのか海外在住なのか、とかどうでもよくて機会が来た時に実践する気が本当にあるのか、とか

面白い話があった時に、提示する契約形態や、提供できる話やノウハウ、自分に負担を掛けないバランスの取り方、が出来るのか出来ないのか。


社会が未成熟な段階では、
基本的にマクロのグラフは右肩上がり、もしくは伸びしろのある状態なので「昨日までうまくいってたやり方」を今日上手に実践する、という方法でやれるんだけど


社会が成熟して、成長曲線が頭打ちになった時、
昨日までうまくいってたやり方の中から
「そのままでは今日以降もう使えないもの」と
「その中から本質的な原理だけ抜き出して、一見形を変えて今日以降も活用するもの」
をうまく分類したり、


仮説検証とかPDCAサイクルとか呼ばれてるものも
「思ったサイズよりもう一段階」砕いて、
スピード早くプロセスを進ませるやり方とか(これ、リーンって呼ばれてる手法なのかも)

そういうのを考えながら、とりあえずsecualもアスタミューゼもどちらも未来に対して重要なポイントを突こうとしてるプロジェクトなので、
うまく自分をモジュール化しながらやってこうと思います。

なので、これからもみなさまよろしくお願いします。
あと多部未華子マジでなんであんなに色っぽくなったのか誰かおしえて下さい。


以上

2015/08/31

技術革新で、より自分の内側にある倫理・宗教観と向き合うことが必要、みたいな話


 僕は基本的な考え方として、「技術の革新」ってのは、生物が常に進化を希求するのと同じで、人類におけるかなり根底にある欲求なんだろうなと思っている。
 そして、それは停滞するより進んだほうが俯瞰で見たときのメリットが大きい、と思ってます。

 と同時に、このエントリーのタイトルに付けた事がずっと気になっていて、最近だと人工知能関連の話題に絡んで特に似た着眼点のものが多く、「後々の自分のためにも、一回なんか明文化しとこう」と思って書きます。


一番わかりやすいのはこのあたりかな
「悪魔を呼び出すようなもの」イーロン・マスク氏が語る人工知能の危険性 --ログミー
http://logmi.jp/69130
ホーキング博士「人工知能の進化は人類の終焉を意味する」
http://www.huffingtonpost.jp/2014/12/03/stephen-hawking-ai-spell-the-end-_n_6266236.html


 人工知能や技術の進歩によって、無くなる仕事の話題も多い。
週刊誌で「あなたの仕事は10年後、機械に奪われる」とか。
「もう、あのめんどくさい仕事は機械に任せてやらなくっていいんだって!いえーい!」じゃなくて、なんか悲観的なやつ。

 いまの仕事は、業務を通じて自然に「脳にコンピューターを入れて電脳化しちゃう」とか「寿命という概念を無くす(簡単にいうと不老不死)」みたいな事を大真面目に研究してる人たちがかなり多く、しかもそういう研究は全然「夢のまた夢って感じでもない」ことを知る機会が多いです。

 最近お話を伺ったり、執筆手伝ったりした
これ
http://astavision.com/contents/interview/894
とか、これ
http://wired.jp/innovationinsights/post/analytics/w/digital_halth_care/
も、腸にウェアラブルデバイスを装着することでの医療の進化とか、対面で診察しなくても治療や診察ができる話が、ごくごく自然に真面目な議論として挙った。


 僕が思うのは「大きく時代がアップデートされる時って、それまでの常識や倫理観や宗教観に対する揺さぶりが強烈で、それは人工知能によって無くなる職業の話とかよりも、大きなインパクトじゃないか」と。

 しかもそういう変化って、一度人類が経験してる気がしてる。
世界史でいうところの【中世から近代への移行期】って、ちょっと似てたんじゃないかなと。
(※僕が個人的に世界史とか日本史好きすぎるだけかもしれん)


 数100年くらい前まで、アメリカ大陸ってのは当時の最新学問でも発見されてなくて「あそこ西側にあるインドでしょ?」って信じられていて、
この世界は「天は動いてなくて、地上が動いてるんだ」って言う人が異端扱いされてた


 その後グーテンベルクが「活版印刷技術」を発明し、それまで蓄積した最新&最高峰の知識を世界中に配布することが可能になって、ボローニャに世界で初めて大学ができて、そのうち「やっぱ天じゃなくて地上が動いてるんじゃね?」ってなって、18世紀についに「産業革命」が起きる。


 数百年分の歴史を乱暴に4行で書いたけど、この間ってもう混乱しまくってた気がするんですよ。
だってそれまでの常識が「ちょっとズレてました修正します」ならまだしも
「なんか全然違いました、むしろ逆でした」とかってなってたわけで、その途中では「魔女狩り」なんてものも大真面目に行われていた。


 しかも、当時の技術とか理論ってのは、あくまで「世の中がどうなってるのかを解明する」ためのものが中心で(自然科学)、世の中にあるもの自体を変える技術ってほとんど無かった。

 20年くらい前に、クローン羊のニュースが世界で話題になった時は生命の倫理感についていろんな議論があって、遺伝子について研究する人を本気で「神を冒涜する者」と思う人もいる。

 基本的に新しくて実用的な技術を手に入れると、みんな熱狂すると思うんです。
いわゆる「大航海時代」みたいな何かフレーズがついて、次はこっちだ、行かないやつは置いてかれるぞ、我先に新しい領域へさあ行こうって。


 でも、新しいものや理論が世の中に出る時って
【新しいものは、常に、古い言葉で表現される】じゃないですか。

 馬力(ばりき)って言葉は超わかりやすくて、
蒸気機関がこの世に誕生した時、そのパワーを表すのに「荷を引く馬が発するパワー」で表現してる。
馬の動力に取って代わるものを馬の動力で説明する。そうしないと、伝わらなかった。


 たぶん言葉だけじゃない、言語化できないレベルでの
「違和感がある、なんか嫌だな」
「とてつもない可能性を感じる、これが新しい真理だ」
「これって、なぜかわからないけど、触れてはいけないものな気がする」

という感覚って、古いもの(それまでその人が培った社会通念とか、本人も認識してなかった自分の内側にある宗教観、親や身近な周囲を観察することで自然に根に付いた倫理観)で、どう捉えるかが変わる。

その時、そういう内側にある何か、との対話が大事で
それが出来ないと周囲の情報に振り回される。


このブログ読んでる人、たとえばどうすか?
3年後、5年後ってことはないだろうけど、自分がいまより年老いて、体の具合もいろいろしんどくなった頃

・新しい技術で、平均寿命が180歳になったって!よかったねまだまだ生きられるよ!

・高校生の息子(娘)が、生身の人間ではなく人工知能を好きになってしまった。

・「よかったわね、(あなたの)今回の病気は体の内部を80%人工機器に移管すれば、治るって」

・いま食べてるレタス、あなたが子供の頃に食べてたレタスとは、元の物質が違うらしいよ。ああでも心配しないで、効能とか味とか体への影響は、全く一緒だから。

・孫が新卒で就職する会社、業界のリーディングカンパニーで、社長と直属の上司はロボットなんですって。


って。普通に日常で起こる感じ。

時代が大きく動く時って、ちょっと一瞬でいろいろ判断つけたり感想持ちづらいこといっぱい起きるし、それの繰り返しを人類の歴史と呼ぶところもあって。

その時代に何を思って、身近な人に何を伝えて、どう関わるかって、ただただ「わくわくします」では片付けられないことがあるなあ。と


色々ひっくるめて面白くて大変な時代だなと
(とりとめないけど、これで終わり)

2015/07/30

寄稿した時のウラ話と、境界線上が大事って話

先日、色々と縁があって「Wired.jp」の中にある「INNOVATION INSIGHT」というコーナーに「ビッグデータとIoTの時代に「デジタルヘルスケア」はどう変わるか」という文章を寄稿しました。
※メインの執筆は川口が担当して、僕は執筆協力っていうポジションですが。

このエントリーは、その時の裏話を職場でしていたら「面白いですねー」って言われたんで、ああ面白いのか。じゃあブログにでも書いてみるかって話です。
あと、あの文章通じて何を届けようとしたのかっていう話を少し。

■寄稿のきっかけ
先日、仕事絡みでWired日本版の若林編集長にインタビューさせていただく機会がありまして(その時の内容はこちら
半年ぶりにお会いして、インタビューが始まる前に「そういえばいまどんなことしてるの?」って聞かれて、事業内容を説明したら「へーそういう知見持った人が分析してるんだね、面白いね、INNOVATION INSIGHTってコーナーあるんだけど寄稿しない?」って声を掛けられました。

去年、日本経済新聞にワールドカップ直前だったということで「一流サッカー選手のスパイクに秘められた最新技術」というのを寄稿してたんで、似た感じの座組みでできるかなーと引き受けました。


■なんで執筆テーマを「デジタルヘルスケア」にしたのか
「このテーマで書いてください!」みたいな指定が無く、書きたいテーマをこちらで決めていい。って事になり川口と「何にしますかねえ」って軽く打ち合わせしました。

最初は色々と候補があったんです。
「未来の都市がどうなるか」とか
「モビリティ技術の進歩の先にある”移動”という概念の変化」とか
「人口100億人時代の食糧はどうなる」とか。

ただ、15分くらい打ち合わせした時「ヘルスケア」が一番盛り上がったというか、話題がとりとめなく広がったんです。

センシング技術、VR、遠隔とかテレマティクス、ビッグデータの活用、ああこれいくらでも話せちゃうねって。

領域横断的で「これからのイノベーション」にピッタリだし、寄稿依頼を受けた時点で他の人が似たテーマを書いてなかったし、
何より、老若男女問わず健康や寿命って身近なテーマだから、読む人に興味を持ってるもらえるかなーと。


■短編小説を頼むと、毎回大河ドラマの脚本みたいなのを書いてくる
メインで執筆した川口は、僕よりはるか年上で、バイオと薬学の博士号を持ち、今もハーバード大学の研究チームと仕事してたり、過去に論文とか出版物への執筆実績もたくさんあって。

だからこそ、仕事においては心強いんですが、毎回大変であると同時に面白いのが
「笑っちゃうくらい完璧に仕上げてくる」んです。

最初に「できたよ」ってもらった原稿、文字数8,600文字。
しかも、中身は完全に論文口調。
記述内容に対する出典とか論理展開とかも完璧。

いやWIREDですよ川口さん、Nature(ネイチャー)じゃないっすよって言いそうになった。
文章の出だしが「厚生労働省は、2014年に~」で、あれ?俺いまウェブメディアの原稿書こうとしてるんだよな?NHKスペシャルじゃ無えよな?みたいな気分になった。


、、、んー。
そりゃ、「文字数は2000文字以上なら上限ないですよ」って言われたけどなー
なんだろうこれ、「曲作ってよ」「うん、じゃあ来週デモテープ持ってくるわ」
つって、次の週「コーネリアスの”FANTASMA”」がCDで届いた感じというか


■本当は書かれるはずだったけど、あえて外した「2つの話」
で、ここからが僕の出番。
その8000文字超えの論文をひたすら分解して、砕いて、キャッチーな言葉に置き換えて、興味が持てそうな文章を考えてそれを手前に丸々くっつけて
(※出だしの”近い将来〜(中略)の未来を予測したものです。の辺り)

もうこれリミックスじゃん。

で、とりあえず出来たかなーって送ってみたところ、
編集さんから「こことここ、専門的すぎるから言い換えてor削っていいですか?」って30箇所くらい赤入れされて。
※こういうやりとりして毎回思うのは、編集って大変だし凄い仕事だなと思う。今回も相当助けられたというか、編集して頂いた方の尽力無くしてあの仕上がりは無かったです。

まあそうよね、そりゃ指摘するよね。というか本当にごめんなさいって気分で再修正。


で、完成したのがあの文章なんですが
実は、最初のバージョンには含めてたけど、最終的に外した2つの話題があって
そこは「読む人に一番届けたかった部分」なんです。


1)色々と技術革新が進んでるって言ってもさ、実用化されるの?制度とか規制とかあって結局ちゃんと私たちに提供されるものなの?

2)体の中に技術が入ってくるのって、なんか不思議な気分。現在の倫理観とか宗教観からみて、ちょっと抵抗あるような話もあるんじゃない?なんか怖くない?


上記2つの話題、初稿段階ではちゃんと触れられているパートがあったんですが
編集さん側とのやりとりもあって、最終的に外す判断をしました。


問いが先に欲しいなって。

「ちゃんと書かれてる」ってことは「現時点での答え」を詳しい人が提供しちゃってるなって。

僕はヘルスケアについて特別造詣が深い人ではないです。
というか持ってる知識は普通の人とたぶんそんなに変わらない。
だから上記2つの疑問というか疑念?が浮かぶ。

じゃあ、読む人にもそれでいいやっていう判断。


公開後、NewsPicksに取り上げられて結構幅広い人がコメントしていて
ああ、問いを持ってくれた人がちゃんと居てくれたーよかったーと思いました。

すごく専門的知識を持った人も、あんまりよくわかんないけど気になるから言及した、みたいな人も両方いたことが嬉しかった。その両側に届かなかったら俺いる意味無いしなーと。


■「詳しいやつ」が知ってる話を「知らないやつ」に届ける事がしたい
最近、薄々感じていることがあって

多様性とか領域横断が大事な時代になってくると
「両方に出入りしてる奴」「ちょうど境界線上に立っている奴」って重要になってくるんじゃないかなと。
寄稿のきっかけとなった若林さんのインタビューにも出てくる話(ファッション×IT)です。

何より「そういうポジションが心底楽しい」と感じる人がそれやるべきなのかなーと。
これは普段担当している事業の設計とか方針にも、なるべく入るように気をつけてる要素です
(まだ至らない部分の方が大きいけど)

■もっとそういう人が増えるべき、とけっこう真剣に思ってる。
誰でもできることだと思うんです。

専門的知識をフル稼働させて、8000文字を超える論文書くのは、今から「楽しいし必要だからやりなよ」って言われても万人にできることじゃない。

仮に今から始めても、その道10年20年でやってる専門家と比較して「自分がやる意味」って見出しにくい気がする。


でも、高卒で、売れないミュージシャン崩れで、20代後半になってやっとバイト先の延長線上で社会人になれたような人でも、
バリバリのアカデミック領域で生きてきた人の知識を、「この部分わかりづれえから、もっとキャッチーにしたほうが広く届く気がする」って翻訳することはできる。

「よく知らないこと」や
「よく知らないけど、凄く興味はあるんです!」が
最大の武器になる。


領域が横断するってことは「横断を促す存在」が必要で、ネットワークを「dot(ドット)」と「nord(ノード)」に分類すると、点も大事だけど繋ぐ線も同じくらい大事だよ、という。
※すげえハイレベルな人になるとどっちの役割も果たす、みたいな人いるけどね



ここ最近「波多野さん、何か難しいことやってますねー」って言われることがたまにあって
そのたびに「うわーくそーちくしょー」と心の中で思ってて

「波多野さん、(何だかよくわからないけど)何か楽しそうなことやってますねー(自分もやりたいなー)」って言われるほうがいい。
たぶんそしたら俺、「え?興味ある?やろうやろう」って言うと思うし。


、、、、、あれ。なんの話書こうとして書いたんだっけこの文章。


あ、途中に出てきた「技術の進歩の先にある倫理や宗教観とのせめぎ合い」については後日別エントリー書きます。

◯8月31日追記◯
上記の、「後日別エントリー書きます」の件を書きました。こちらからどうぞ↓

技術革新で、より自分の内側にある倫理・宗教観と向き合うことが必要、みたいな話

2015/07/01

イノベーションとか、投資の動向とか、ぼーっと考えたダダ漏れメモ

昼飯たべた直後でぼーっとしてるのだが脳内で思考が止まらなくなったので、後日考えを整理するためにメモエントリーを書いとく。


たんなる走り書きメモなんで、出典とか参考リンクはあとから追記します(たぶん)



今日、たまたまリバネスのアクセラレータープログラムのリリースと、crewwが2.7億円の出資を受けたってニュースが出ていて、たぶんそれが思考のスタート地点。

僕はいまいる会社、今取り組んでいる事業の兼ね合いで、やたらと先端研究とか、投資がどこに向かおうとしてるのかとか、大企業が次の5年で何をやろうとしているのか(もしくは、どれだけ”やろうとしていることが見つかっていないのか”)みたいな情報について詳しくなっている。

あと、有難いことに最近は「波多野さんが何に取り組んでるか何となくわかったぞ」という人も増えてきたので「ちょっと一緒に話しましょう」と声をかけてくれる人も多くなった、ありがたい。

んでいろんな人と未来あるべき形とそこに向けて明日どう踊る?みたいな話をたくさんしてるのだが

ふと思うんだよな、前述のcrewwもリバネスも、あとうちもだけど、たぶんこの3者だけじゃなくてイノベーションを支援する文脈にかなり親和性高く繋がっている企業とか団体(官公庁とか国家もそうだし、グーグルやフェイスブックとあもだな)は総じてだと思うのだけど、なんかこう、身近なところからやっていこうという意識が強すぎないかなという感じがある(自分達に置き換えると、反省点というか)

日本で言うと、近年は大企業がCVC設立活発だったり、ファンドだアクセラレータプログラムだハッカソンだってのも活発なんで、別にそれでもいいと思うのも確か。
ちょっと前のブログに書いたけど、そもそも国からの科研費なんざ1企業が本気で研究開発に投資する金額にも満たないわけで(5,000億円>2000億円)、もっとばんばん企業は大学や研究機関と繋がったり青田買いしなきゃ!とか思っていいよな、グーグルにシャフトが買われた時のエピソードが一時期バズったけど、あんなふうに「日本のファンドや国は全然見向きもしなかった、海外のほうが価値を分かってくれる奴がいた、もうみんな海外出ようぜ、日本ダメだよ」の論調がでるよか100倍マシだ。

優れた研究者は海外出たほうがいいってとこは完全同意だけど。海外っていうか「優れてるなら行きたいとこに行けばいい、あなたは自由だし権利がある」みたいな。


これは普段から公言してるし、オフィスでも再三確認をしてるけど別に俺「日本を元気にしたくてやっている」という気持ちは1ミリもないんだよな。
ただ、日本だけえこひいきしないのと同時に日本を見捨ててもいない。インドもアメリカも日本も、みんなフラットに自由競争で買いたい会社を買えばいい、雇いたい優秀なやつを雇えばいい、使いたい技術を(権利問題はしっかりとやるとして)使えばいい。結果的に未来が訪れるスピードと数が多くなって、それに関わる「ヤバいやつ(超優秀)」が増えればいい、と思って僕はいまアレに取り組んでます。


そうなるとさー、10行くらい手前に戻るんだけど、やっぱ身近なところからやり過ぎだと思うんだ。って反省点が浮き彫りに。
たしかに企業はCVC作ったり新規事業チーム作ってって動きが活発で、お陰で僕らも相当ビジネスやりやすく伸ばしやすくなっている。これは2年前とは劇的に変わった、中の人達に聞いたこと無いけどたぶんcrewwとかリバネスもそうだろうな。イノベーションって言葉がこんなにバズワード化すんのもすごい話だし。でも、国内を向いてるんだよな。国内の有望ベンチャー知りたいとか、国内の大学でいい人達を発掘したいとか。

そこが、うーーーーーん。。。。。となるところ。

もちろん、距離的に近いことでコラボレーションを生みやすくしている事はあると思う。
「場の重要性」はあると思うよ、でも本当に「あるべきところにあるべきものが辿り着き、その結果イノベーションが起こり、時代が前進する」のに本当に場は最重要なんかな。シャフトの人達はグーグルとのつてはなかったし、目線を広く持たないと行動範囲が狭くなって結果的にイノベーションから遠ざかる感があるんだよな。

日本の現状のリソースって、技術の蓄積、民族的背景があるのか「人の勤勉さ」、教育水準がベースで高いところ、持ってる企業は金を持っている点、逆にエコシステムとか行政とかイノベーションが自然に起こるための法整備や税金とかの面はあんましダメ。

日本のいけてるベンチャーキャピタルがいまどこを向いてるかっつったら、海外じゃん。
東南アジアもそうだし、日本企業に投資する上でも国境越えて勝負できるものか、もしくは海外で勝てそうな人達への投資。

ってことは、本来であれば俺らとかcrewwとかリバネスみたいな会社は、もっとそういう投資の集まる場所にいって、支援することで(crewwならスタートアップ支援、リバネスなら日本の研究者の活躍の場、うちなら技術分析とかで)イノベーションも起きやすくなるし、たぶんリターンも得られると思うんだけど、そこがあんまり出来てない。

なんでかっていう理由もうすうすわかってる、投資対効果を「いつ」得られるか、が投資家の人達とどうしても揃えにくいんだよな。単純に言うと「既存事業がめちゃ儲かってるから長期目線の事業やろう」に完全になっていない点もあるだろうし。


僕がいまぼんやり思ってる日本発でのいい動き方ってのは、日本から金を集め(事業収益だろうがファンドだろうがなんでもいい)→それを海外に展開して外貨を獲得する(事業の海外展開でもいいし、投資によるキャピタルゲインでもいいし、企業をM&Aしてもらう、でもなんでもいい)→獲得した外貨を次世代に使う、ここを国にやらせず民間主導にする。だから教育系サービス大事だし教育機関(大学)が大事→イケてる奴が出てきたらどんどん海外に出るためのリソースとして活用、んで最初に戻る、1周目と2周目では金だけで勝負じゃなくて「世界一勤勉で多民族から理解不能なくらい細部に拘るヤバい人的リソース」をプラスαにしてる感じ


ただなあ、東南アジアが今後イノベーションの主役で他は用無しです、とまではいかないけど、必ず日本の企業の投資から生まれるわけでもないし、グーグルとフェイスブックやシリコンバレーの連中だけってわけでもないし、結局どれも「手法の1つ」に過ぎないので、なんか身近なところから感が強くなってることにちょっと危機感を抱いてます、っていうそういう脳内垂れ流し文章でした。


ほんとうに何も考えずにかいたけど多分「書いちゃいけないこと」は自然と避けてることはできてると思う。


これあとから自分で読み返したらどう思うのかなあ

2015/06/29

ルイス・フォン・アーンのCAPTCHAプロジェクトと、クラウドソーシングの本当の可能性


ルイスフォンアーンのCAPTCHAプロジェクトの話って、あまり知られてないのかな。


この間、打ち合わせしてた時に話の流れでCAPTCHAの話をしたんだけど「へえー」って感心されて、それがちょっと意外だった(はいはい、何か聞いたことありますー的なリアクションを想像してた)のと、あのプロジェクトの「仕組みの美しさ」を自分用の備忘録として書きます。


◆CAPTCHAってなに?
ここで詳細を書くよりも、wikipediaのページを読んだほうがわかりやすいし詳しいのでこちらを。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/CAPTCHA


アレです、ネット上で何かの登録するために申込フォームに入力してると、一番最後に文字が「ぐにゃーっ」と曲がったのが出てきて、この文字を入力して下さい。ってでるやつ。


それを打ち込む事で「私はロボットでできたスパムでは無いですよ」って事を認証するあの仕組みです。

これを作ったのが、当時カーネギーメロン大学にいたルイス・フォン・アーン達なんですけど、あれって

<課題>
・ネット上のスパム行為(ロボットで巡回して自動でメール送ったり)をどうにかしたいなー

<解決アプローチ>
・ロボットじゃ無理だけど生身の人間なら誰でもできるプロセスって何かないかな
・勿論、その場で完結できる方法(ハガキを送って返送、とかじゃダメ×)
・仕組みがバレても易々とプログラムで突破されて無力化しないもの

となって、
<この時点での結論>
・人ってちょっと汚く書かれた文字を画像で出されて「これって何て読む?」って聞かれても楽勝で読めるよね。だけどプログラムだと無理だよね。よしこの方法でいこう。

\         /
「CAPTCHA誕生」
/         \


んで、この仕組みは一般的に普及したんだけど、多分大半の人がこの仕組みを見た時「手続き上必要なのはわかるけどさあ、入力めんどくせえなあ、文字も読みづらいし」って思った気がすんの。


俺は思った。たまに読みづらすぎて入力ミスるし。


実は同じ事をルイス・フォン・アーンも思っていた、というかこの仕組みのせいで
「画像の文字読んで入力するっていう”新しい手間”をこの世に産んじゃったなー」と思ったらしい。


◆「手続き上しょうがない手間」じゃなくて「活用するリソースにしちゃおうぜ」

彼は、この「ちょっと崩れた文字でもだいたい読める」という当たり前の事象を「なにかに活かせないかな」と考えた。
当たり前の事象を凄いやつが捉えると、世の中にある課題にとって「とても素晴らしい解き方」になる。


<解決アプローチ>
・入力フォームに生身の人が文字を入力するたびに「この読みづらい文字はこう読むんだよ」のデータが収集できる

<世の中にある課題>
・なんか、読みづらい文字だけどその読み方がわかると世の中にとって「いいもの」ってなんかあるっけ

・あ、世界中の図書館にさ、電子データにして後年に残すべき文献って腐るほどあるよね

・でもさー全部をアルバイトさん雇ってデータ入力の仕事にしたら、膨大な時間がかかるしお金もかかるよねえ



「(あっ!)ピコーーン!」


◆古い文献を画像データにして、それを「この文字何て読む?」って世界中の登録フォームに入力してもらったら、有効な電子データがどんどん生成されるじゃん!

これが、後にグーグルに売却された「ReCAPCHA」の仕組みです。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/ReCAPTCHA


実際、ReCAPCHAはニューヨークタイムズの膨大な記事アーカイブのうち20年分を約3ヶ月間くらいで電子データにしちゃったらしい。
でも僕はこのプロジェクトの本質は「電子データを生成する速さ」じゃない別のところにあると思う。


◆ルイスフォンアーンはクラウドソーシングの天才
ルイスフォンアーンは今はDUOLINGOという語学のスタートアップを起業していて、
この間もWIREDに取材が掲載されていた
その時のタイトルが、クラウドソーシングの天才・ルイスフォンアーンというもの。


そうなんだよな、このプロジェクトの凄いところは「発注されてもいないのに、参画している意識も本人たちには無い、それなのに世界中の人がプロジェクトに参加して目標の達成に向けて動いているところ」なんだよな。



いきなりバカっぽい例え話になるんだけど、このブログ読んでるみなさんって人生で一度くらいは「このいま漕いでいる自転車のペダルがなんかのエネルギーにならないかなー」とか
「やべえ、ノートパソコンの充電切れちゃう。このタイピングの打撃エネルギーでバッテリーがちょっと長持ちになったりしないのか!?しないよな」
みたいな

日常のなんでもない作業が、もっと何かに活用する仕組みにならないかな、みたいなこと考えたことないですか?

僕はいつもそればっかり考えてる。(いつも、は言いすぎだけど)


世の中、クラウドの仕組みとかシェア文化とかで色々実現できることも多くなったし、技術の発展も目覚ましいんだけど、なんだろう個人的に釈然としないのが

・クラウドソーシングもクラウドファンディングも、結局ギブ&テイクの間口が拡大した話で本当に「一体どこから?!」みたいな仕組みじゃないよなーとか

・周囲の共感を得て協力者を募ったり、ユーザー自身がコミュニティを運営する的なサービスも、「長くいるとそいつが居場所を主張し始めて、サービス側にとって悩みのタネになる」とか

・「これだけ素晴らしい活動がある!広めよう!参加しよう!」みたいなのって、結局誰かのリソースの犠牲があって、その上に成り立ったりしてるだけだな

とか、なんかそういうことを人からいろんな話を聞くたびにモヤモヤすることがある。

ギブ&テイクが明確すぎるものって、お互いの信頼関係でなあなあでやるか、ガッチガチに契約でやるか、まずは共感とかマインドとかありきで盛り上がる時はいいんだけど、継続性に欠けるものだったりする。


CAPTCHAに文字を入力したことのある人ってさ、自分が入力した文字がどの古い文献のどの部分の電子データになるのに活かされたのかとか、たぶん知らないし興味ないじゃん。

「えっ!そんな事に使われてたの?だったら入力した俺にもなんか報酬よこせ!」ってならないじゃん。
(言うやついるかもしれないけど、少数派だよな)


自分がいま関わってつくろうとしているプロジェクトとかも、もちろんクラウドソーシングで仕事してもらってるし、「共感頂いて協力してくれる人達」のありがたさとか、素晴らしい活動だって言ってくれて俺がいないとこでも広めてくれる人いて、それは本当に感謝してるのですが


なんか、こういう仕組みでやるべきだと思うのだよな。
悩みがあって、それを解決する人が解決して、はいリターン(報酬)です。じゃなくて


課題を解決するってことは、大体別の課題を生み出している。
それを課題だとか「しょうがないよね」ってするんじゃなくて、「あれに活かせちゃうじゃん」って別のものに繋げる。

ブログにまとめながら、こういうことを考えて色々取り組もうと思った次第。

2015/05/17

科研費とか企業の研究開発費について、気になったことを聞いたらITの歴史とかの話になって面白かった

僕はいわゆるアカデミア(学術・研究の世界)出身ではない。

ただ、いまは仕事柄企業や国がどれだけ投資をしたかとか、研究をしているだとか、どんな成果が出たかみたいなことについて自然と情報が入ってくるので

自然とアカデミアとは何なのか、アカデミアが果たす役割とは、刷新されるとしたらどういう姿であるべきか、みたいなことを考えるようになった。

以前一緒に働いてた児玉さんは、親父さんも含めてバリッバリのアカデミア出身でたまにご飯を食べると色々おもしろい話が聞けるので感謝している。
なんとなく、彼も僕のことを面白がってくれているフシがある。


で、こないだ見かけたニュースで「ふーんそうなのかー」と思いつつ浮かんだ素朴な疑問を
児玉さんにfacebookチャットで聞いてみたら

「なんかこれ、俺だけが聞いてるの勿体無い話だなー」と感じたので
本人に許可取ってブログにアップしました。


<以下、チャットのやりとり>

--------------------------------------------
-- お疲れ様っすー。ちょっと児玉さんがどう思ってるか聞いてみたいなって話があるんすけど
日立が研究開発費を年5,000億円にするっていうニュースがあったじゃないですか。

日立、研究費に年5000億円 人工知能やロボット向け 16~18年度3割増
日本経済新聞 電子版
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDZ07HZ5_X00C15A5MM8000/

はいはい、ありましたね。

-- このニュースに限らないし、今に始まったことじゃないけど、日本で研究開発に大きく投資してる企業って大体年間3,000億円とか4,000億円って規模の予算で
一方で文科省の科研費ってのは、直近でも年間2,000億円台じゃないですか。

※参考リンク
科学研究費助成事業-科研費-をめぐる最近の状況等について(PDF)
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/science/detail/__icsFiles/afieldfile/2014/09/12/1351769_01_1.pdf

そうですね。

-- 日本に限らず、「国からつく予算」よりも「1民間企業の研究予算」のほうが大きいという事実を
アカデミアの人というか以前の児玉さんも含め、科研費によって研究できている・科研費を取るために動いている人たちはどう受け止めてるもんなんですか?

なるほど。僕は自分の体験含め日本の研究者の感覚しかわからないですけど、まず大学や行政法人の研究者なんかは企業の研究と科研費などでやる研究を全く別のものだと捉えていると思いますよ。

企業の研究というものは営利活動に繋がるもので、科研費で行う研究はもっと公共的なもの・そしてそれがより「高尚」なものだと思っています。
ただ、当時の僕自身を含め、企業からの研究費を重視する研究者はいましたけど。

それでもアカデミアの研究者のゴールは、産業に応用するというよりは、論文を書いて学会に貢献することなんです。
このあたり、企業と研究者のゴールがずれてしまうことなどもよくあります。

企業に所属する研究者は、今後論文や特許数なども業績ベンチマークになりますからそういう活動もがんばるんですが、やはり事業貢献するという前提はありますね。

-- ほうほう、いまの話で素朴な疑問なんですが、「科研費などの研究は、公共的であり、そして高尚なものだ」という思いって
のちのち民間企業に勤めたりする中で、やはり正しい定義だなーって思います?それともなんか言い方変になっちゃうけど大学を通じて植え付けられてしまう「変な意識」だったなーとか思います?

僕が思っていたのは、理学部とかの基礎研究は、「高尚な研究」「ためにする研究」でいいと思うんですよね。

-- なるほど

ただ、例えばユーザーインターフェースだとか、工学系の応用だとか、そういうのは基礎研究じゃなくて応用研究ですよね。
実用的なものに繋がらなければいけないもの。

応用研究で、論文書くためのためにする研究の結果として、実用性の無いものや役に立たないシステムが量産されてる、ってのは否定出来ないと思うんです。
本当に実用性を追求する、という目標からの逃げというか。

-- んー。それは科研費みたいな予算が、基礎研究的なものに投じられるのは営利目的の企業には出来ない領域だから大事、
だけど実用性・応用研究的なものに科研費が投じられるのはどうなのか?みたいなことも含んでます?

いやいや、科研費が投じられるのが正しいのかどうかってのはまた全然別の問題だと思ってます。
応用研究でも実用性や営利にとらわれない、自由な研究があってしかるべき。と思いますし
一企業に根ざさない、公共のものにも実用的であることは求められるじゃないですか

-- たしかに

ただ、その結果として結局は「市場の中で揉まれないと、市場で勝てるものはできないな」という当たり前の結論には至ってます。
市場で勝つっていうのは、要は世の中の人が「実用的だ」「欲しい」って選ばれること。ここに至らないとやっぱり良い結果が出たとは言い難いのかなって。
それはいま自分がどういう仕事をするか?の背景に大きく影響与えてます。

-- なるほど。ちなみにさっき企業の研究は営利活動って話があって、それは当然なんですけど
一方で、世界的な大企業、アップルとかグーグルとかGEとか、、、、ってもちろん根底には営利目的ってのがあるけど、
もはや目線が公共的というか、自分たちで実現できるものの規模感がちょっとした国家レベルにあるじゃないですか

そうですね、そうです。

-- そうなるとね、素人考えですけど必ず国から予算が下りるという仕組みのアカデミアではなくて、
もう少し民間主導アカデミア、みたいなものがガツンと大きな規模であってもいいのかな、とか考えたのです。
もう基礎研究もがんがんやるよっていう。

ほう

-- 超アホみたいなたとえ話しますけど、グーグルが本気で月に人を住まわす世界をビジョンとして掲げました。月にどうやったら人が住めるかについては基礎研究だろうがなんだろうがグーグルが研究費と施設まかないます!とか言っても「すごいな」と思うけど別におかしくはないよねーと。

あー、その話に関係しそうなんですけど、今わけあってITの歴史について結構深く調査をしてるんです。

でね、改めてIT技術の開発の歴史というものを紐解くと、技術開発を担ったのはSRI(Stanford Research Institute)とか、PARC(Palo Alto Research Center Incorporated)とか民間研究機関なんです。

ただし、お金の出所はARPA(※高等研究計画局、DARPAの前身)。
この時点じゃ基礎研究フェーズなわけですよ。

そして後年実用化した段階ではやっぱりAppleとかGoogleとか、純粋な営利企業がそれを担っている。

アメリカの場合には、軍事予算が、わりとフリーハンドでチャレンジングなテーマに使える大きな資金を提供する、それの受け皿になるのが、SRIやPARCやベル研みたいな民間研究機関。
インターネットとかUNIXとかGUIとかオブジェクト指向とか、今日も世界中で使われる本当の応用技術が生まれるのはこういうところだなと。

で、そこで生まれた知的財産を事業化すると、はいAppleやGoogleのような巨大ビジネスが完成です。と。
こういう流れ。

-- はい、すごいわかります。

僕がいまやってる事業も、規模は小さいけどSRI/PARCみたいな感じとして位置づけてて
応用研究に予算をつけて、受託する、実用化の細かいところは事業会社に委ねる。

もちろん本当のSRI/PARCをやるためにはもっと資本がいるんですけど
その部分がないなーと思ってやってます。その領域のちゃんとした担い手が国内に必要だ、って。

-- そういうことって、他に考えてる人たちっていると思います?

国内で一番近いのは、理研じゃないですかね。
藤井先生がVRの実用化に取り組んだりとか

-- さっきね、アメリカだとフリーハンドで長期的な大型予算がつける土壌がある話してましたけど。日本ってそうじゃないじゃないですか。
そういう土壌が出来てない理由ってどう思ってます?軍事予算の話もあるだろうし、他に国民性とか文化的な背景とか、過去の成功モデルとか、いろいろあるでしょうけど。

まず当然ながら、軍事予算が大っぴらにつけにくいってのがありますよね。
軍事予算は、大きな予算をつける言い訳が立ちやすいですから。

-- 国としての存亡を賭けた本気の投資理由(軍事)ってことか

ですです、次に財政面の危機ですかね。
3つ目に、これはITに関連するところですけど80年代の第五世代コンピュータープロジェクトが大コケして大規模な国家プロジェクトへの批判が高まったとか。
まあこの辺りが背景なんじゃないかな。

-- それって、なんか日本がダメって話だけじゃなくてアメリカが凄すぎるよ、みたいな話に感じる。

それはそうです、あれだけの戦略的投資をITや人工知能にやってるのはアメリカ以外ではイスラエルくらいじゃないですか?
イスラエルも、やっぱり軍事的な背景が色濃いかな

-- イスラエル凄いですよね。なるほどなー。超参考になりました。

歴史を色々振り返って改めてこういう構造全体を理解しないとな。と自分でも思いました。

-- なるほどー。あのー。このメッセのやりとり、凄い面白かったのでブログに書いてもいいすか

全然いいですよ、いつも公言してることですし。
まーこういう話ならご飯とか食べながらいつでも。
--------------------------------------------

以上です。

興味深い話だったなーと思いつつ
別に児玉さんが全ての事象を把握した上で世界一正しい話をしているとかも思わない。

このエントリー読んだ人も「超参考になるな、なるほどそうなのか」って思う人も
「全然判ってない、要因はそこじゃないんだよ」って思う人も
「いまさら何の話をしてるんだ、そんなことは昨日今日始まったことじゃあないんだよ」って思う人もいると思う

見解ってのものは世界中でバラバラだから世の中面白いんだろうしどうとってもらってもいいと思ってる。

ただ一つだけ言えるかなって思うのは、これは「今日を作り上げた話(の1つの見解)」であって
未来もそうある、絶対にそうなる、みたいな話は1つも無いんだ。ということ。

今日ないものを明日実現しようと思ったときに、
過去に縛られないことと、過去を自分なりに知ろうとするプロセスは両方大事で

そもそも国なのか民間なのかとかの二元論や「べき論」よりも、
ビジネスや投資やアートの世界とどう接続性を生じさせるべきかみたいな話のほうが大事な気がしてる。


自分に関係ない話だな、って思った人はそれで全然いいと思うけど、
一方で、自分の身の回りのあらゆるものにこうした背景があるんだなって興味を持ち
昨日までは遠い話だったけど、自分も自分なりの関わり方ができるのかな?って思う人が一人でもいたら

その人に「僕はこの間こんな話を聞いたよ」って伝えたいと思ってこのエントリーを書きました。


★以下6月28日追記

上記の文章を書いたあとに、大学で産学連携に取り組んでいる人だとか、企業で新規事業・投資をやってる人とかと、似たような話をした結果、2015年6月時点での僕の結論が出た気がするので追記しとく。

キーワードは「儲けちゃおうよ」です。

なんかさ、素晴らしい研究を世に送りだすことは「大事だ」とか
日本がもっと元気になることは「大事だ」とか
イノベーションを支援していろんな課題を解決することは「大事だ」とか

世の中色々大事だって言われてることはあるんだけどさ

一番いいのは、「大事だってことに取り組んでたら、ほうらこんなに儲かっちゃいましたー」だと思うのよ。

再生医療は大事だ!っていうんじゃなくて、再生医療は儲かるよ!

研究者の支援は大事だ!って声を大にして言うんじゃなくて「研究者の支援は儲かるよ!」
とか。

「イノベーションの支援って超儲かるよ!課題を解決するって超儲かるよ!」

これ。

儲かることなら、投資が集まるじゃん、人が集まるじゃん、資本主義は色々瓦解しそうな匂いもするけど(この話長くなりそうなんでまた別で)、でも
「儲かることの証明」って凄く大事だと思うのよ。


「儲かるだけ」じゃダメだけど。いや人それぞれだから別にいいけど俺は「儲かるだけ」の話がぜんぜん興味沸かないから。


スタートアップの投資家向けピッチとかも結局「儲かる&意義がある」だし
特に俺みたいにプログラム書いたり得意な研究領域持ってたりするタイプじゃない、何かの強みを持ってるわけじゃないけど、プロジェクトを進めたり外に広げる人は

「超儲かっちゃう。もういやんなっちゃう」って言う証明をするのが大事なのかなと思ってます。

よし下半期何やるか決まったなこれ。

2015/04/27

恵比寿で謎のメンツで食事会をした話&それを通じて感じたこと


先週、恵比寿で飲み会というか食事会みたいなことをしました。

元々、今年の初めに日本科学未来館に伺った時そこで働いている科学コミュニケーターの方とか、
ちょうどNHK NEXTWORLDの展示をしていてNHKエンタープライズの方とかと知り合ったのに、その後「またお食事でもいきましょうー」と言って数ヶ月経っちゃってたんです。


そういや他にもそろそろご飯食べながら互いの近況話したい人いるなあ
っていうか、この人達同士繋がったら面白そうだなあ


、、、、、あ。それいいじゃん。いっぺんに集まったら楽しそうじゃん。よし、食事会開こう。というのが発端。



当日は、WIREDでライターしたり多岐にわたって活動してる江口さんや、前職で一緒だった児玉さん、NHKエンタープライズでプロジェクションマッピングとかやってて美大卒だけど人工知能に興味がある子とか、科学未来館でサイエンスコミュニケーターやってるけど以前はアフリカで教師やってましたとか、合計8人くらい、そういう謎のメンツで集まりました。

ほんとはあと倍くらいの人を呼ぼうかなとか思ってリストアップしてたけど、そんな大人数じゃ仕切りきれないなーと思ったので8人で止めた。


人選に明確なルールは決めたなかったんだけど、
未来を見据えた話が好きそうで、ただ好きなだけじゃなくて何かしらの意見を持ってそうで、個々の体験やバックボーンを元に知らない人が聞いたら興味深いなって思える話をしそうで、自分自身が仕事などを通じてそれらに関わっていそう(評論家は不要)、なメンバー



言い出しっぺのくせして遅刻して一番最後に到着するというダメっぷりを発揮しましたが
会自体はすごく盛り上がったのでよかったかな、とか思ってる。

ていうかまたちょっと違うメンバーでやりたいなって。


どんな話したか、手元のメモを手がかりに箇条書き

・放送業界におけるドローンを利用した撮影秘話というか、苦労話

・24歳の子は「PHS」が何なのかわからなかったという事実にその場のおっさんたちが膝から崩れ落ちる

・NHK交響楽団がプロジェクションマッピングとコラボレーションした話

・紅白歌合戦で、最近先端技術を導入した演目があるけど、それに対する出場者(歌手)側の反応

・AppleWatchって「直接自分の体がネット回線に接続されている」感覚になること、がスマートフォンと決定的に違う点
 それを支持するのか気持ち悪く感じで拒否するかは、装着して自分のアカウントを接続してみないとわからない

・アフリカにある小国「マラウイ」について
内陸国で、交易がなく、基本的に贈与の姿勢が強い。区分けでいうと「最貧国」だけどわりと気候がよく自分の畑でみんな自給自足できる
競争原理が働いてないので、フライドポテトの店が流行ると「お前もやれよ儲かるぞ」と隣にもポテト、そのとなりにもポテトの店、、、が立ち並ぶ。

・シンギュラリティ、AIの発達の先に見えてきそうな話として、人類はかなりアーミッシュになっていくんじゃないか
 ル=グィン著の「オールウェイズカミングホーム」のような世界。技術は人と関係なく無限に進化と発展を続け人は自然に帰るっぽい感じ。よく発達した技術が人類を抹殺するとかいう予測もあるけど、人類と蟻って共存してるし別にお互い滅亡させようとしてないよね。それと近い関係なんじゃないのという話。

・そういえば、蟻って公園とか町中で見る地上を歩いてる奴は全部よぼよぼのおじいさんなんだってね、老人が夜中に徘徊してる感じなのかね

・地球の模型に頑張ってデータ解析してリアルタイムの状況を写しだしても実は面白みに欠けるよね。
 視点を変えたり、時間の流れを変えたり、ランドマークを浮き立たせたり、デフォルメするだけでぐっと興味が湧きやすくなって、それは転じて「興味をもって学べるか」に繋がるよね

・◯◯さんのMacBookのレビュー文章ヤバいよね、文学の香りするよね。開始3行で「アティテュード」言うてるでおい

とかそんな感じの話を。詳細書いちゃうとネタばらしになるんでこれくらいで。
他にも色々話してた気がするけどメモってないや。



わりと目論見通り、みんな「ああそういう話題にはあんまり興味がないんだ」みたいな良くない意味での取捨選択してないし、児玉さんがわりとどんな話でも古典とか過去の研究とかを引用して話題に肉付けしてくれるし、個人的にはやってよかったなと思う。

翌日、参加してくれた人から「すごく自分の視野が広がる話が多かったし新しい繋がりもできて、呼んでくれてありがとう」と言われたのも嬉しかった。



最近、薄々わかっていたのだけれども、僕の周りには面白い人が多い。

というか、僕の仮説が間違っていなければ、
・世の中に面白いことをやろうとしてる人が増えてる(&諸々のツールで可視化されやすくなってる)
・僕自身がそういう「この人は面白い!」というのを検知するセンシング能力みたいなものをもってる。「一見面白そうだけど違う」人と「普通そうに見えて実はヤバい」人を嗅ぎ分けてる気がする



んで、オンラインツールで可視化されやすくなったからこそ、デジタル信号に転換しづらい「エモさ」とか「嗅覚」とか「独特の角度」みたいなもんが日に日に大事になってる気がしてる。論理的すぎて理路整然としていると「置き換え」も簡単にできちゃうんだろうなって。


僕自身は、どっぷりアカデミア出身ではないとか、一流大学~大企業コースじゃないとか、エンジニアじゃないから自分が純然たる作り手ではないとか、なんかよくも悪くも「無所属」な感じも、ああこれは弱点ではなくむしろ僕しかできない諸々のことがあるんじゃないの?って最近思ってる。


Connecting the dots大事だよね、自分の経験を重ねていこうぜ繋げていこうぜ的な話はまあ当然として、僕はなんかもっと全部繋げたいというか、地球上ぜんぶ1個の生命体として定義して、それをConnectしたいんだよな。

別に僕がなにかアクションを起こさなくてもconnectするんだけど、もっとこう「僕から見えてる凄いもの」と「それと繋がったら一番やばそうな化学反応」の確率を上げたい。脳内ではこれを「接続性、、、接続性、、、」っていいながら捉えている。呼んだ人たちも1to1で「こことここ」って考えてないけど「この辺りの領域と、たぶんこの人がもつソーシャルグラフはなんかやばい」とか思って人選してた。というかいま書きながら思い出した。



たぶんいつになるかわからないけどこういう会みたいなのを第二回、第三回とやってくつもりなんで、その時はみなさまよろしくおねがいします。

あと、僕お酒飲めないですけど「面白そうな場」に誘われたらフットワーク軽くいくんで、呼んで下さい。手ぶらじゃいきませんよ。わりと幅広く「なにかしら面白い話」しろと言われたらしますから。

2015/04/09

「作業中のBGMに奇数拍子の曲聴くと、捗るよね」が全然伝わらない問題

 これ周りに言ってもなぜかだーれも同意してくれないので、ブログに書いた。
なるべくこのエントリーが拡散されて、「あ、わかるわかる」と言ってくれる人がいてくれるといいな。


◯一般的に作業が捗る系の曲っていうと「4つ打ち」「疾走感のあるロック」とか


※選曲は適当です。


わかる、リズムに乗りやすいとかわかるけど、個人的にこういうのは
「(好きな曲なら)気分良く作業に没頭できる、でも別に捗っていない」感じ。



◯僕が作業捗る奇数拍子の曲、一例





上の曲、「ちょっと生理的に受け付けない、聞いてらんない」とかそういう感じじゃない人は、試しに作業しながら聞いて欲しいです。




、、、どうでしょうか。
(周囲に聞かすとこの時点で「???」というリアクション)





◯別に作業中ずーっと奇数拍子の曲を聴いてるわけではないのよ。







パッと思いつく限り仕事中に最近聞いてそうな曲をあげた。
どれも気分良く作業出来るし、PE'ZはBGMも速めだから作業が捗る気もするけど、実はそうでもない。


◯奇数拍子の曲がなんで(俺は)作業が捗るか、を考えてみると
 ・脳内で無意識に思っているタイミングより、一拍早く(もしくは遅く)小節が進むので、程よい緊張感がある
・これは7拍子の曲限定かもしれないけど、1拍早く次の小節に移行するので、自然にじんわり急かされている
・テンポの速い遅いはあまり関係なく、細かいノート(音符)が鳴っているかどうかが大事


以上です。



これ、なんか心理学的なアプローチとかでちゃんと説明できないのかな。
俺の気のせいなんかな。



2015/04/06

TECHNIUM(テクニウム)を読んで --元気なじいちゃんの話に半年間付き合った、 という話--



 このエントリーは、みすず書房から出版されているケヴィン・ケリー著「テクニウム」の書評。のつもりで書き始めたのですが、

なんか、読んでるうちに中盤あたりから「なんだろうこの感覚。昔ヒッピーだったおじいちゃんがずーっと”わしの考えではな…”って語りかけてくるのをうんうん聞いてあげてる感じ。。。」と思ったのでそのままの気持ちで書きます。

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著者ケヴィン・ケリー
 ケヴィン・ケリーと言えばWIREDの創刊編集長、ホールアースカタログの出版編集をした人、元々ヒッピー。

 そういや、去年WIREDカンファレンスで来日した時の様子をブログに書いたな。
WIRED CONFERENCE 2014 #wiredcon に参加した時に取ったメモをそのまま投稿してみる )

 テクニウムは、確か去年の9月くらいに買って

「400ページかー、分厚いなー。1ヶ月くらい掛けて読むか」

と思っていたら、内容が濃くて中々読み進まないのと、10月にwiredカンファレンスが開催されて1日中ケヴィン・ケリーの話聞いてたらお腹がいっぱいになり、しばらく読むのを中断してなんだかんだで読了まで半年掛かった、という感じ。


「あ、こいつ話し始めたら止まらないタイプのじじいだ」
 ちょうど半分、第8章あたりを過ぎたところで気づいた。
ケヴィン・ケリーって今年63歳らしいんだけど、なんていうか「話し出したら止まらないタイプ」なのが文章から伝わってくる。
放っておいたら技術の話してるのに神とか美とかそういう話し始めて、本人はどんどん調子に乗ってくる感じ。

 「あ、うん。あのね、おじいちゃん。僕そろそろ電車降りなきゃいけないからまたあとでね、後で話の続ききくからさ」みたいな感じで、読んでは中断、読んでは中断で。

 読み終わったあと、気がついたら何箇所かに付箋を貼っていた。
たぶんこの付箋は「お!?じじい、いまちょっと気になること言ったな?」のリストだと思う。

以下はその付箋が貼られていた箇所から抜粋
何ページ目に書かれていたとか、どういう順番だったかは伏せます。

既にテクニウムを読んだ人は「あーそういえば、じいさんそんな話してたねえ」と思って下さい。
まだ読んでない人は、どういう話をするじいさんなのかを読み取って下さい。


哲学者のダニエル・デネットは優雅にも、「知性のデザインの歴史上、言語の発明に勝る飛躍と重要さをもたらしたものはない。ホモサピエンスがこの発明の受益者となった時、それまでの地上の他の種をはるかに超える彼方に飛び出すための発射台に立ったのだ」と持ち上げる。言語の発明は人類にとって最初の特異点(シンギュラリティ)だったのだ。


テクニウムはハードウェアや端末を生み出すものと考えられてるが、むしろ最も無形で非物質的な過程であり、その可能性はまだ解き放たれていない。


・・・次に最も大切なことは、科学は集団行動であり、知識を共有することで現れる知性は、100万人の知性の総和よりも優れているということだ。孤高の科学の天才というのは神話に過ぎない。


生命が必然的なら、魚も必然的だ。魚が必然的なら、知性はどうだろう。知性が必然的ならインターネットは?サイモン・コンウェイ・モリスは「数十億年前に不可能だったものが、より必然的になりつつある」と推測する。

ホモサピエンスは、ある傾向であり実体ではない。


この表を読めば、アイデアは抽象的な形で始まり時間が経つとより具体的になっていくことがわかる。普遍的なアイデアが具体化していくと、必然性が薄れ、条件付けが厳しくなり、人間の意志に近くなる。


・・・つまり、有史前でも後でも、違った場所に起源を持つテクノロジーは同じ進路で収束していく、と結論づけることができる。文化的環境、政治的体制、自然資源の条件が違っても、テクニウムは普遍的な経路をたどる。テクノロジーがたどる道の輪郭は巨視的には、あらかじめ決められている。


1953年にはそうした未来的な旅行のためのテクノロジーは、何も存在してなかったことを思い出しておこう。誰もそんな高速で飛んで生還できるのかわからなかった。最も楽観的な筋金入りの妄想家でも、月着陸はいわゆる象徴でもあった「2000年」より早く実現するとは予想していなかった。それより早く実現できると彼らに囁いていたのは、紙に描かれた曲線だけだった。

私も同様に、テクニウムは「テクノロジーの必要性」に導かれているということを論んじている。これは、巨大複雑系としてのテクノロジーのシステムの性質に焼き込まれており、テクノロジーはより多くのテクノロジーを生み、システムは自己保存するのであって、本来的にテクニウムを人間の欲望の外のある方向に導く。カジンスキーは「現代のテクノロジーは、各部分が相互依存する統一されたシステムだ。テクノロジーの”悪い”部分だけを外して”良い”部分だけを確保することはできない」と書いている。

彼らのモットーは「まず試して、必要なら後で止めればいい」ということだ。我々は試すのは得意だが、止めるのが苦手だ。アーミッシュの方式を満たすには、集団で止めることに上達しなくてはならないが、それは多元的な社会では難しい。

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※引用ここまで。

400ページ分喋ってるのに最後の最後にトップギアに入れてくるじいさん

 ちょうど「あと50ページくらいで読み終わるなー。話もだんだん収束に向いてきたなー」と感じ始めた頃、一足先にこのじいさんの長話に付き合った(要は読破した)同僚が「最後の20ページくらい、すごいよ。たたみかけてくる」と言ってた。

「もう十分濃いいよwまだ畳み掛けてくるのかよw」とその場で応えたんだけど、


確かに凄かった。


 自己創造について触れている所では結構決定的な表現が出てきて、読みながら勝手に「この表現大丈夫なのかな?決定的すぎて反響がデカすぎる気がする」って心配になったし

 その1分後くらいに、僕が最も好きな漫画「ワールドイズマイン(新井英樹)」の最終話・最後のコマに掲載された言葉と”ほぼ同じ”ことが書かれていたという事に気がついて

 「やっぱヤバイだろこれwwwああもうこのおじいさん最後に言っちゃったよおいww」という気分になった。こうなるとワールドイズマインについてまた別のエントリーで書く必要があるなこれ。


一番ガツンと来た所の引用
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人類が可能なもの全てになれる人はひとりもいない。どのひとつのテクノロジーもテクノロジーの約束するすべてを体現することはできない。現実を見始めるには、すべての生命、すべての知性、すべてのテクノロジーが必要になるだろう。
このようにして我々はより多くの選択肢、機会、つながり、多様性、統一性、思想、美、問題を生む。これらが合わさってより大きな善となり、価値ある無限ゲームとなる。それこそが・・・
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 これ、最終章にあたる「無限ゲームを遊ぶ」の中から抜粋した文章で、既に読破した人にとっては「いやお前、そこ引用したらマズイだろ。「犯人はヤス」つってるようなもんだぞww」って思われても仕方ない。

 犯人はヤス、がわからない人はごめんなさい。端的にいうと「ネタバレぎりぎり」の箇所を引用したという事です。


 ここでケヴィンケリーは更に決定的なところに踏み込んでいる。
それは生み出すことの価値と、発見自体は価値ではなくそれを繋げることの価値、そして新たに生まれたものが次に何を生み出すか?の話。


解決策ってさ、生み出されるだけじゃなくて、見つかってつなげて相互接続も含むよね?
 アメリカ大陸はずーっとそこにあった、ナノサイズの物質とその作用も何百年前からずーっとそこにいた、動いていた。僕らはそれをたまたまとあるタイミングで見つけただけ。

 アメリカは1400年代の終わりに「ひゃっはー!新しい大陸で既得権益じゃああ!」ってギンギンになっていたヨーロッパの人に見つかり、
 ナノサイズの物質はここ数十年の間に次々と見つかっている。それぞれ既存の世界との繋がり方が変わり、それが新たな事象を生む。

見つかる、
それまでの世界とコネクトされ、
相互作用する。


あ、これネットじゃん
 これってパーマリンクじゃん、ハイパーリンクじゃん。
そもそもこの文章もさ、タイトル「TECHNIUM(テクニウム)を読んで --元気なじいちゃんの話に半年間付き合った、という話--」
に紐作く文章として、僕が過去に書いた文章や、世の中と接続されるわけだ。

 この文章の中に”書きながら僕が初めて生み出したもの”はほとんど無い。
テクニウムの中に書かれていたことと、僕の脳内にあって整理がついてなかった事、の2種類だけ。


話が横道にそれるけど、僕はtumblrというサービスが大好き

 その理由がパーマリンクのつけ方、世の中にどうコネクトさせるかの話。

 ネットをやってると、ひとつの文節、なにかの記事の中にあるひとつの動画やgif画像、静止画だけが心に刺さることがある。

けど、パーマリンクってのはリンク先にある全てを内包してしまうので、ノイズが入る。自分が刺さった一瞬を切り取ることができない。
このエントリーの中で、仮に読んでるあなたがとある一箇所だけに「グッと来て」リンク(URL)を紹介したとしたら、他の情報があることで「あなたが共有した理由」の情報純度は低くなる。

 けど、tumblrはそれができる。
「ここが俺の刺さったとこなんだよ!」だけでピックアップして、自分のダッシュボードに並べることができる。テキストだろうが動画だろうが絵だろうが。

 これはネット上における”表現”の面において強烈な純度を持っていて、しかもシンプル。シンプルなのに多様性を受け入れているんじゃないのか?と思うのです。

 シンプル、の点でいうとinstagramやvineやrettyとか、とある面に特化したサービスの1億倍tumblrイケてると思う。スタートアップは最小限にフォーカスして始めるはずなのに、最初っから純度の高さを保って決定的で多様性を受け入れてしかもコアユーザーを熱狂させるって、もうTumblrはメディアアートなんじゃないかなーって思う。
 デヴィットカープが当時10代だった、っていうエピソードも含めて出来すぎ。天才エピソードとして出来過ぎなんだよな。

間に合わなかった天才に興味がある
 間に合った天才が僕にとってTumblr、の一方で
テクニウム内にも出てくる話として、技術の進化が間に合わずに死んだ人の中にダヴィンチ、モーツァルトに匹敵する天才がたぶん何人もいる。

 僕は、自分のことを凡人だと100%認めた上で、天才が放つ天才的所業に触れるのが好きなんだよな。

 天才の損失は時代を前に進めるとかそういうことよりも、それに触れることの出来ない人を増やすこと、なんじゃないかなと思うのです。

 もちろん、世の中と接続されることを拒否する天才もいる、けどそれは個人的には大した損失に思えない。その理由は前述の引用した言葉の中にも内包されている。知性の総和。

あ。自分とつながってきたぞ
 僕がなぜここ数年あのプロジェクトに加わっているか?について、実は端的な説明をする言葉を持っていなかった。

 一見してわかりづらく、知名度も無いプロジェクトのため、色々説明してもピンとこないもしくは大きくズレた解釈をされることばかりだった。

 嫁の知り合いは、僕のことをなんだか小難しい事に挑戦している研究者だと勘違いしたらしい。
しかも人工知能関連の。過去のブログを読み返せば無理もないよなー。

テクニウムを読破して得られた視座や知識は色々あるけど、この説明が出来るようになった。という所が一番大きかった。

もはやテクニウムの書評じゃないことくらい自分で気がついてますよ
 これもまたどこかのタイミングで文章にまとめる必要がある。なぜ僕がastamuseに関わるのか。なぜイノベーションのイノベーションというわかりやすそうで実はわかりにくい事に取り組むのか。


あのじいさんが、それを与えてくれるために、半年間長話をしてくれたわけでは無いと思うけど。

(最後に改めて言うけど、ケヴィン・ケリーは自分の話を聞いてくれる人にノンストップで話し続けるタイプだと思う。)

2015/02/08

iPad Airを仕事で使うの、仕事とプライベートの境界がないタイプの人にオススメ

iPad Air 2 64GBを購入して3週間経ちました。

3週間ほぼ毎日持ち歩いてまず言いたいのは「買ってよかった」という満足感。
で、正直思ったのがタイトルにも書いた「仕事とプライベートの境界がない人は(僕がそのタイプなんで)特にオススメだなっていう点です。


以下、その理由を自分なりに考えてみました。

◾︎まず、この話が当てはまりやすい人
・普段からiPhoneを使っている
・エンジニア、デザイナー以外の人。
(コードを書く、動画編集、重い画像の編集が主なタスクの人は厳しい。)
・クライアント相手の仕事をしていない
(クライアントワークだと必要に迫られてエクセルやパワポをいじらなきゃいけないケースがありそう)
・移動が多い。移動先で話の流れで仕事のことを伝えたり資料を見せたり、が多そうな人
・オフィスの自分の席にいない時はなるべく仕事のことから離れたい、とか全然考えてない人
(むしろオフィスの自席以外での仕事効率上げたい人に一番読んで欲しい)

※以上2015年2月段階で。もしかしたら今後iPadでコード書いたり画像編集したり、の環境が整ってくるかもしれないしね。


◾︎iPad Airの良さ
・画面が大きいことと、処理速度が2015年2月現在で最も速いチップ使ってること
実は購入直前まで可搬性を考えてiPad miniを買おうと思ってたのだがAirにして本当に良かったと思う

・軽くて薄い
以前、初代iPadを当時勤めてた会社で貸与されてたのですが、当時は全然持ち歩く気が起きなかった。特に「軽さ」については一定の閾値を越えると途端に自然と持ち歩く気になるんだなと実感。


◾︎iPad Airを仕事に導入する時の必須アイテム「Bluetoothキーボード」
iPad ソフトウェアキーボードも慣れれば楽でしょうし、iPhoneに慣れた人用に持ったままフリック入力モードに出来る機能もあるのですが、やっぱりpcでの作業効率に比べたら厳しいです。

僕が買ったのはこのエレコムのやつなんですが、まずキータッチがしっかりしてるので下手するとMacBookAirよりも入力効率は上かもしれません。
あとキー配列がWindowsなので仕事用マシンがWindowsの人もスイッチコストが低いと思う。
※US配列なので、細かいところで違和感はある。それが厳しいって人は無理かも。

キーボードを装着してそのままiPadカバーになります、みたいなタイプのものもあったんだけど1万円くらいするし、iPad単体で持ち歩きたい時もあるかなと思ってこれにしました。


◾︎僕が普段業務上使ってるサービス
僕が関わってるプロジェクトはgoogleドライブをフル活用してます、エクセルじゃなくてスプレッドシート、パワポじゃなくてgoogleスライド。
あとはプロジェクト管理用にbasecamp、それと連携したチャットとしてflowdock、スケジュール管理と共有はgoogleカレンダー、全社的な連絡用は通常のメールとskype、某企業とやり取りする時だけ使うBacklog、数値計測と確認はgoogle analytics
個人的なtodo管理用にtodoist、メモや諸々の情報を全部ぶっくんでおくevernote

一通り書くとこんな感じなのですが、これらを「切り替える」ところにiPadの良さが出ます。


◾︎ブラウザでタブを切り替えるのと、スマホやタブレットでアプリを切り替える時の気分の違い
上記で書き連ねたツールを、仕事用のpcで切り替える時ってマウス使うか手元のトラックパッド使いますよね。
もしくはショートカットでランチャー呼び出して切り替えたり。

これが凄く仕事っぽい所作なんだ、ってiPad使い始めて気がついたんです。

iPadの場合だと、上記で書き出したツールはほとんどiPadアプリがあるんです。
例えばbasecampで何かを更新して次にflowdockに移ってなにかチャットに書いて、ちょっと気がついたことをevernoteにメモって、、、、、という流れの中で

パソコンで作業してる時はマウス(orトラックパッド)を動かしてるんですが、この時iPadの場合は「アプリを切り替え」ててそれが「iPhoneいじってtwitterやったりsafari開いたり」してる気分にものすごく近い。というかほぼ一緒。

iPhoneいじってて気になった事をブラウザで閲覧して、あ今週中にあれ買わなきゃって思ったことをtodoistにメモってる時の自分と仕事進めてる時の自分が完全に同化してる。

この辺り、脳の動きとかインタラクションデザインとか詳しい人にちゃんとした説明が聞いてみたいな。

◾︎通知機能がiPhoneっぽい(当たり前だけど)
上記の通り、仕事で使うツールがほとんどアプリなんですけど、iPadなんで当然通知機能があるわけです。
そうすると、スプレッドシートで作業中に通知が来たからskypeに返信して、そしたらLINEの通知がぽーんときて切り替えて嫁に返信して、、、、とかの一連の流れが凄い楽なんです。

iPhoneでネットサーフィンしてる時にTwitterの通知が来たから切り替えて誰かに返信して、っていう時に面倒くささを感じる人は少なくて(面倒くさい人は通知切るだろうし)
それと同じ気分のことをかちゃかちゃやってたらあれ仕事が凄いスムーズに進んでるーという感じ。


◾︎ずっとネット回線に繋がってる、ということは圧倒的な価値
オススメなのはSIMフリーモデル購入して激安SIMを入れるパターンです。
パソコンを外で持ち歩いてる人はwifi回線があるとかないとか気にしてるし、ネットに繋がらない時の持ち歩いてるノートパソコンって、極論ただの重い物体ですよね。

iPad、道端でもWIFIの無い喫茶店でも3G回線でおっけー。超普通のこと書いてますけど体験すると世界が変わりますよこれ。
外出ついでに空いた時間で画像編集しようコード書こう、が無い人なら外出時にMacBook持ち歩く理由無くなる。
(僕もMacBookAir11インチ持ってるけどもう外出時に持ち歩く理由が無くなった)


◾︎もちろん、iPadのデメリットもいっぱいある
箇条書きにすると
 ・画面内に2つ以上のアプリケーションの画面を出せないのでいちいち切り替える必要がある
 ・アプリによっては使い勝手がパソコン環境に著しく劣るものがある。僕が使ってるものの中だとgoogleスプレッドシート。閲覧は問題ないけど作成・更新はかなり作業効率落ちる。
 ・外部モニター出力は別売キットを買えば出来るんだけどミラーリングだけだからオフィスで外部モニターを2つ3つと繋げて駆使してる人は辛い

・マウス(トラックパッド)+キーボード、の環境に慣れてしまった人には操作性のハードルが高い
極め付けはコレなんだけど、実はiPadを購入した大きな理由として
「数年後にはもうパソコンが仕事で使われない世界が来るだろうから、先にその世界に行って今のところ何が不便なのかを体感しよう」だったので個人的にこれはデメリットではなくチャンスの発見プロセスだと思ってます。



このブログを読んだ人の中には僕なんかよりもっとiPadを駆使しまくっている人がいると思うのでそういう方からのノウハウとかも聞きたいです。
もしかしたらgoogleスプレッドシートの編集・更新の神アプリみたいなものもあるのかもなーとか思ってるし。


本当は「iPad買ったらiPhoneの価値は"コンパクトさ"だと気がついたのでiPhone6買う気が失せた」って話も書きたかったんだけどだらだら長くなったので次の機会にします。